【書評】ドラッカー『実践する経営者』

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P・F・ドラッカー/上田惇生訳『実践する経営者』ダイヤモンド社、2004年

 

K・ボールディングは、ドラッカーを「現代社会についての最高の哲学者」と呼んだ。戦後ドラッカーの言説は日本人を励まし、魅了し続けてきた。新世紀に入っても優れた編集で作品を読むことができるのは喜ばしいことだ。

これまでの彼の著作でも、現在まで読み継がれる名著は多くある。比較的新しいものでも、起業家精神の重要性および起業の方法論を明らかにした『イノベーションと起業家精神』、ソ連崩壊を予知した『新しい現実』、転換期後の世界を描出した『ポスト資本主義社会』などがある。

本書の主な関心は企業経営に関わる。ドラッカーの分身と称される上田惇生氏の新編集により、これまで『ウォールストリート・ジャーナル』等に掲載された論文を中心にまとめられている。

本書の原題が『企業家へのアドバイス』であることからもわかるように、社会に活力を与えるすべての経営者への実践的助言に満ちている。ドラッカーはいち早く知識社会の到来を予言したことでも知られるが、知識社会の構成員は基本的に重要な意思決定者(エグゼクティブ)である。ここからも、本書は現代に生きる人々すべてに対して意義を有するといえる。

ドラッカーの自己定義は、「社会生態学者」である。社会生態学者は社会の変化を見つける。単に現象面だけでなく、ある変化が物事の本質に関わるか否かをも見きわめる。そして、変化を問題としてでなく、機会として活用する方法を提示する。その背景に「問題こそチャンス」という独特の思考があるのは確かだ。彼の活動の本質は観察にある。多くの経営者、ビジネスマンから相談を受け、そこから得た問題の認識こそが本書の最大の強みである。本書の各編が素直に心に響くのはこの観察眼の鋭さによるといってよい。

観察を旨とするドラッカーは諸現象のモデル化を好まない。いわゆる経済学に見る精緻なモデルなどは見るべくもない。本来複雑な社会現象を抽象する方法論あえてとらない。なぜなら、経済社会は人間の頭で捉えきれるほど単純ではないことを彼は知っているためである。抽象(モデル化)とは捨象の別名である。大事なものを捨ててしまうことが往々にしてある。

企業経営(マーケティング、イノベーション等々)はすべて実践知である。捨象できるものなどない。また、どれも社会、人、組織への理解が重要な点も共通だ。彼の思考の基礎には必ず人間がある。例えばイノベーションとは既存の資源に新たな価値を付与する行為であるが、それは人間にしかできない。

さらに人間を生き生きと活動させるためには、組織におけるマネジメントが不可欠である。彼のいう組織とは、官僚組織とは似ても似つかない。現場の知を経営層に反映させる情報型組織である。出入りは自由であり、雇用関係の有無さえさほど重要ではない。人間が生き生きと活動する場としての組織なのである。

ドラッカーの著作を読むと、人間、社会という視点から経済・経営が見える。分厚い壁の向こう側に広がる新たな地平に気づかされる。それもすべて「いわれてみれば当たり前のこと」ばかりである。新しい気づきの宝庫である。ドラッカーの偉大さはここにあると思う。

むろん本書も例外ではない。