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	<title>文明とマネジメント研究所 &#187; 文明とマネジメント研究所</title>
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	<description>文明とマネジメント研究所公式ページです。</description>
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		<title>『ドラッカー・フォー・サバイバル』『古道』を刊行</title>
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		<pubDate>Sat, 09 Oct 2021 11:33:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[新著を2点刊行いたしました。 &#160; &#160; 著者インタビュー &#160; ――新しい本を出されたのですね。何冊目になりますか。 井坂　共著も入れるとちょうど10冊目、詩集を入れると12冊目になります。 ― [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>新著を2点刊行いたしました。</p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-cohttps://www.amazon.co.jp/%E5%8F%A4%E9%81%93-%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4910346104/ref=sr_1_2?dchild=1&amp;qid=1633779044&amp;s=books&amp;sr=1-2&amp;text=%E4%BA%95%E5%9D%82+%E5%BA%B7%E5%BF%97ntent/uploads/2021/10/63e67c560c7166319bc8ba9e6f3ecb57.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2755" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/10/63e67c560c7166319bc8ba9e6f3ecb57.jpg?resize=211%2C300" alt="古道" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%82%92%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%95%8F%E3%81%84-Drucker-Survival-%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%AB-%E4%BA%95%E5%9D%82/dp/4820729446/ref=sr_1_1?dchild=1&amp;qid=1633779169&amp;s=books&amp;sr=1-1&amp;text=%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97"><img class="alignnone size-medium wp-image-2754" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/10/7ae1ebba69178c03b9c9493710edd007.jpg?resize=204%2C300" alt="サバイバル" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>著者インタビュー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>――新しい本を出されたのですね。何冊目になりますか。</p>
<p>井坂　共著も入れるとちょうど10冊目、詩集を入れると12冊目になります。</p>
<p>――それはずいぶん書いてきたのですね。今回の本はどんな向けなのですか？</p>
<p>井坂　自分のキャリアを展開しようとしている方向けですね。年齢でいうと20～30半ばあたりを考えています。</p>
<p>――どうしてその層に向けて発信しようと思ったのでしょうか。</p>
<p>井坂　世の中がコロナになって1年半になりますが、最も負荷のかかっている年代だと思ったからです。コロナでなくても、悩みに尽きない年代です。20～30代というのは。胸を突くような坂道を日々上っていくような一時期ですね。</p>
<p>――それは井坂さん自身の経験もある？</p>
<p>井坂　もちろんです。何よりも、この果てしなく広い世の中に、ささやかでも居場所をつくらなければならない。時々「小屋を建てる時期」と私は呼ぶのですが。</p>
<p>――小屋を建てる時期。</p>
<p>井坂　はい。小さな一隅に、いろんなところからかき集めてきた枝やなんかを組み合わせて、小屋を作る。古代を生きた人々みたいに。これが大変なのです。吹けば飛ぶように見える小屋でも、それを作り上げるのは並々ならぬ努力を必要とします。</p>
<p>けれども、どんなに小さくとも、小屋をしっかり建てることができれば、次が見えてくるのです。その小屋で、次に何をすべきかが見えてくる。最初に必要なのは小屋なんです。</p>
<p>――なるほど。</p>
<p>井坂　でも、現在は、困難な時代です。小屋づくりもままならないくらいの変化に取り巻かれてしまっている。あたかも台風の中での作業のように。</p>
<p>――それでタイトルに「サバイバル」を入れたと。</p>
<p>井坂　その通りです。私たちはつい一足飛びに結論を手にしたがりますね。そのこともあって、書店とかセミナーのタイトルには、「成功」とか「勝つ」みたいなワードが溢れている。もちろん成功したり勝ったりする方がいいに決まっていますよ。けれども、その前になすべきことは――。</p>
<p>――生き延びること？</p>
<p>井坂　まさしくそうなんです。生き延びられなければ何もはじまらない。とりわけ現代のような変転の激しい世の中では、「生存戦略」をこそ根本から見直す必要があるのです。</p>
<p>――生存戦略ですか。大きな戦略ですね。</p>
<p>井坂　はい。戦略の中でも生存戦略ほどグランドデザインを考え抜く必要を迫るものはないと思います。小手先ではまったくものの役には立ちませんからね。まず問うべきは、「どうすれば生存確率をわずかでも上げられるか？」でなければなりません。そのためには、根本的な思考が求められる。</p>
<p>――本をぱらぱらめくって思ったのですが、樹の絵がたくさん出てくるのですね。</p>
<p>井坂　そうなんです。樹は太古から生存戦略を考えるうえでのお手本の役割を果たしてきました。「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す」これを理想としなければならない。</p>
<p>――なるほど。</p>
<p>井坂　「生存を確実にする」とは、「勝つ」とか、「成功する」よりも、はるかに根源的な戦略思考なのです。このことに気付いている人はあまりいないと思います。まさに、これこそが大戦略なのです。</p>
<p>――生き延びることが大戦略。</p>
<p>井坂　そうです。けれども、大戦略とは、有効な小戦略、つまり、いくつもの急所が有機的に作用しなければ機能しようがない。その点について、私はいくつかいいたいことがありました。</p>
<p>――それはどんなことですか？</p>
<p>井坂　昭和から平成にかけて、あまりにも会社や組織が個人を呑み込んでしまった。組織のプログラムに準拠して個人の人生が操作されてしまったと感じています。このような全体のシステムが個を併呑するという一事をもってすれば、戦前戦中にかけてファシズム国家において起こったことが、ミクロの世界である企業において起こったと見てよいと思います。ナチスや大日本帝国は、全体主義国家、いわばブラック国家でした。戦後においても、ソ連をはじめいくつも生き残ったブラック国家があった。</p>
<p>一方で自由主義社会においてブラック化がなかったわけではない。世にいうブラック企業などは、ミクロレベルで発症した全体主義現象です。少なくとも私はそう見ています。</p>
<p>――まさか企業の中でファシズムが進展していたとは。そこでは個人の意味などなきに等しいということですか？</p>
<p>井坂　そうなのです。組織だけが唯一意味ある存在だった。個人の人生などは二義的な意味を持つに過ぎない。組織の目的のために、自分自身の人生を捧げるのが当たり前でした。日本的経営とは、ブラック企業を培養したシステムであったと思います。</p>
<p>――なるほど。今でもそうなのでしょうか。</p>
<p>井坂　ネット社会化して、それらが目に見えるようにはなったものの、基本的には変わっていないと思います。一つの例が、就職活動中の学生です。彼らの身につけるもの、態度、価値観など、私が学生の頃とほとんど変わっていないように見える。自分を組織の基準に無理やり合わせようとしているように見えます。</p>
<p>――それに対抗するにはどうしたらいいのでしょう。</p>
<p>井坂　先ほども言いました通りです。自分の小屋を建てることです。それ以外にありません。</p>
<p>――小屋を建てると言っても、具体的にどんなことをすればよいのでしょうか。</p>
<p>井坂　現代の社会は、封建主義の社会と違って、継承という価値観の極端に薄いのが特徴です。封建主義社会は反対に言うと、富も権力も道徳も、継承することに唯一の意味を置いていた。</p>
<p>他方で、私たちの今を生きる社会は、継承よりも刷新を価値の中心に置いている社会です。このような社会では、誰もが一から人生を始めることが要求されている。</p>
<p>――一から人生を始める？　それはどんな意味でしょう。</p>
<p>井坂　文字通りです。一方で私たちは蓄積のもつ価値、保守の持つ意味にやや鈍感なところがあるのですね。新しいもの、めずらしいものに対してなかなか冷静な判断ができていない。</p>
<p>ただね、新しさというものは、古い価値基準を媒介してしか認識しえないということも知っておく必要があります。現在の若い人たちはすでにものすごく新しい、人類史上例のないくらい新しい認識をすでに獲得しているのです。けれども、新しい認識をもちながらも、認識の新しさを認識できないでいる。これが問題なのです。</p>
<p>――やや回りくどい話になってきましたね。</p>
<p>井坂　だからこそ、小屋を建てなければならない。今もっているものをフルに活用して、雨露をしのぐ場所をつくらなければならないのです。いうのは簡単ですが、恐ろしい難事業です。というのは、小屋を作るためだけに費やされるのが、多くの場合20代から30代にそうとするからです。</p>
<p>――なるほど。</p>
<p>井坂　20代に建てた小屋によって、次の時代が大きく変わってきてしまう。これが厳然たる事実です。自分を安全に成長させてくれるささやかな場が次の展開のための重要な拠点になってくれるのです。</p>
<p>反対に、小屋を建てることができなければどうなるか。誰かの軒先を間借りしたり、あるいは日々野宿しなければならない。これでは成長するだけのゆとりというものがありません。小屋を建てることは、小さな大事業であるのはそのためです。</p>
<p>――そのための方法としてもマネジメントは活用可能であるということですね。</p>
<p>井坂　まさにその通りです。大会社を経営することだけがマネジメントではない。何より自分の生存を確実なものにする。これこそが大事業と呼ぶに値するものです。誰にとっても切実な意味を持つ課題でもあります。</p>
<p>――そのことに今次のコロナもかかわっている？<br />
井坂　大いにかかわっています。</p>
<p>――経済的な問題を抱えている人も少なくありません。</p>
<p>井坂　確かにそうですね。けれども、私は経済問題だけに限定してしまうと肝心の経済が見えなくなってしまうと考えています。いやむしろ、経済問題とは人間や社会的な問題の結果なのだと私は言いたいと思います。</p>
<p>もっと正確に言えば、最も深刻な問題は私たちの心の中で進行しているとさえいえると思います。</p>
<p>――ずいぶん大仰な話になってきましたね。</p>
<p>井坂　決しておおげさではありません。私は最晩年のドラッカーにインタビューしたことがあります。IT革命の文明的インパクトについて質問したところ、「最も意味ある変化は意識の中で起こっている」と答えたのです。</p>
<p>たとえば、私たちはコロナの問題もあって、リアル店舗での買い物をなるべく控えるようになりましたね。とくに混雑している場所にはわざわざ出向いていかない。その代わり、ネットによる宅配が短期間で一般化するのを目にしています。</p>
<p>実は、これは一見すると経済的な変化に見えて、意識上の変化の経済的帰結に過ぎないのですね。ものを購入するということは、誰かが家まで商品を運んできてくれるという概念に置き換わったからです。これは買い物という概念の変化を意味している。</p>
<p>同じことは、在宅ワークについても言えます。それまでは、働くとは電車に乗って会社まで出向き、そこで必要とされる業務を遂行し、同じように電車で帰宅することだった。時には居酒屋などに立ち寄ることもある。そういったことを総体として「働く」という概念が成り立っていたわけです。</p>
<p>けれども、もはや私たちにとって働くという概念はそのようなものではなくなった。経済的事象はそのような意識変化の結果として表れたものだということです。</p>
<p>経済は原因ではない。結果なのだということです。このことをよく理解しておく必要があるでしょう。考え方が変わることが最も意味ある変化なのです。</p>
<p>――なるほど。けれども、意識上の変化の中に危険が潜んでいると？</p>
<p>井坂　大変な危険が潜んでいます。というのも、私たちが重要だと思っているものはほぼ例外なく過去の遺物だからです。私たちはすでに新しい土地にいる。なのに、使っている土具や信頼しているものはすべて過去のものです。軍人は常に過去の戦争を戦っているといわれるように。</p>
<p>――確かにそうかもしれませんね。たとえばどんなものが過去の遺物なのでしょうか。</p>
<p>井坂　私が思うに、会社という組織自体が遺物になっている。それは生産活動の形式の一つに過ぎなかったわけですが、コロナによるリモートの普及で、不要であることが露見してしまった。</p>
<p>たいていのものはそうなのですが、どうあってもなくてはならないと信じ込まれているものほど、その必要は疑わしいと考えるべきなのです。たとえば、戦前などは社会システムの頂上に華族制度や軍が置かれていました。誰もが国家としてそれらが必要だと信じていました。</p>
<p>敗戦とともに、両方とも雲散霧消してしまった。世の中に華族がいなくて困っているでしょうか。軍隊がなくて困っているでしょうか。必要性はなくなってはじめて気づくともいわれますが、なくなってはじめてその必要性の不在を感じさせられることもある。</p>
<p>会社が必要だと思っていたのは、ただ現実の都合や便宜に合わせて意識活動が捏造されていたにすぎなかったのかもしれない。</p>
<p>――確かにそういわれるとそんな気もしてきます。</p>
<p>井坂　そのこととサバイバル、つまり「生き延びる」こととの間には強い相関関係がある。たとえば台風による洪水や、地震による津波が来るという時、どうすべきでしょうか。</p>
<p>――真っ先に逃げますね。</p>
<p>井坂　身一つで逃げますか？</p>
<p>――身一つで逃げますね。</p>
<p>井坂　何も持たずに？</p>
<p>――　持ち物などかまっていられないでしょう。何も持たずに逃げるしかありませんし、それが推奨されています。</p>
<p>井坂　違う。何も持たずに逃げるのではありません。持っているものがあります。</p>
<p>――着の身着のままで逃げるのですから、何も持ちようがないですよ。眼鏡くらいではないでしょうか。</p>
<p>井坂　いえ、知識を持って逃げられるかどうか。そこが最大のポイントなのです。サバイバル時において最も信頼できるのは知識です。しかも、知識は頭脳の中に収納されているものですから、これほど持ち運び便利なものはありません。</p>
<p>――そういわれればそうですね。</p>
<p>井坂　マネジメントを体系化したドラッカーはヨーロッパのユダヤ人でした。ユダヤ人にとっては、いつなんどき、生活の基盤がくつがえされるかわからない。ずっとドイツの模範的市民として生活していたインテリが、あるとき急に国民の資格を除外される。国外退去を命じられる。強制収容所でガス殺される。こんな時代がわずか70数年前にあったのです。ご存じですか。</p>
<p>――ナチスの時代ですね。</p>
<p>井坂　その通りです。いわば人工的な災害です。理屈も何も通用しない。何を言っても理解されることはない。ただ逃げなくてはならない。</p>
<p>ユダヤ人は、長きにわたる迫害の歴史を通して、一つの智恵に到達しています。どんな財貨や土地、宝玉の類を蓄積していても、王様が変われば昨日までの安定が雲散霧消して、いつ流浪の身になるかわからない。ならば、最も確実で価値あるものを持つのがよい。</p>
<p>――それが知識と。</p>
<p>井坂　そう、知識です。ドラッカーは知識労働や知識社会という概念を世に問うた人としても知られていますが、彼の来歴を見れば決して怪しむに足りないのです。現に彼と同時代の人々でナチズムの支配するヨーロッパから逃げ延びた人たちは、新天地アメリカに知識を携えてわたっていったからです。</p>
<p>ただし、知識はあまりにも幅広いのです。ヴァイオリンの技能、学問、投資、ジャーナリズム、あるいは思想、ネットワークも立派な知識です。この知識を資本に激動の20世紀を逃げ延びて、しかも繁栄していった。この来歴が説得的なものとして響いてきます。</p>
<p>――まさに。</p>
<p>井坂　ええ。サバイバルそのものですね。この観点から読むとき、マネジメントとそれに随伴する体系は、危急に際して「もって逃げる」うえでの無形の宝箱のようなものと解することが可能だと思います。</p>
<p>――マネジメントは問いと助言の生態系とも言われていますね。</p>
<p>井坂　はい。そう考えています。問いと助言とは、直接的に正答を求めようとする営みではない。唯一絶対の正解が存在しないことを認めて、それについて観察し、思考を巡らせている。その中で、あらゆる状況においても効力を有する武器のような問いが精錬され、鍛えられていく。マネジメントに出てくるものは、そのような問いであり、一そろいの武器なのです。</p>
<p>――左ページに時々出てくる問いがそれにあたると？<br />
井坂　そうですね。よい問いはそれ自体が人の思考だけでなく、心を解放してくれるようなところがある。目に入っただけでうれしくなってくる。気づいたら、頭が回転している。体が動き出している。ドラッカーにはそのような問いがたくさんあります。</p>
<p>――しかし、面白いですね。きっとそのような問いも、彼が凄惨なヨーロッパから持って逃げてきた知識という道具箱にあったものだと思うと。</p>
<p>井坂　本当ですね。彼はアメリカ人だと思われることも多いのですが、やはりヨーロッパの思想風土で育ったことが生涯染みついて離れなかった人だと思います。というのも、彼が生まれた20世紀初頭のウィーンは、辺境からの流入者たちによって多様で才気あふれる知性と文化が反映していた時代だったからです。フロイトも、アドラーも、ココシュカも、ハイエクも、シュンペーターも、ポラニーも、彼の生活圏にいた人たちです。別に本や講義から学んだわけではない。たんにそのような土壌の中に生まれたことによる、ほとんど生得的な影響を被っていた。</p>
<p>――新著の中で、これまで書かれたものと比較して、新味のあるところはどこでしょうか。</p>
<p>井坂　すべてを問いの形式でとらえたところですね。意外と知られていないのです。やはりドラッカーというとマネジメントの巨人と称されますから、彼のところに答えを求めてやってくる人が山のようにいる。けれども、答えを求めても甲斐のないことなのです。なぜなら、自身の答えは自分のなかの問いとの対応関係の中でしかありえないからです。答えは問いとセットでしか意味をなさないわけですから。</p>
<p>答えしかないのだとしたら、それはかなり危険な状況ですね。ナチズムやソ連、大日本帝国などの全体主義国家では、答えしかなかった。問いなどなかったのです。戦後の日本でも、問うことは、体制への挑戦と見なされてきたではないですか。「口答えするな」と。質問すること自体が反抗心の表れと見られてきたでしょう。</p>
<p>それと第三部ですね。個人のマネジメントです。ここは本当に革命的な記述なのだと強く思うようになりました。</p>
<p>――革命的。それはどのような？</p>
<p>井坂　自分自身をマネジメントの対象と見なすことです。これは私自身にとって、単なる議論という以上の意味を持っていました。ある意味、自分自身を材料にして、実験台にして論じていく必要があった。</p>
<p>その典型がトータル・ライフ論です。</p>
<p>――トータル・ライフ論。あまり聞き慣れない言葉ですが、どのような意味合いでしょうか。</p>
<p>井坂　平均寿命の伸びと社会の共通認識の乖離を取り扱った議論です。現在は多くの人が80歳、90歳、ときに100歳まで生きることを当然と考えるべき時代になっている。にもかかわらず、社会の側の制度や理解がその現実についていけていない。</p>
<p>たとえば、今も多くの組織において定年は60歳です。かつては老後という言い方をしましたが、定年後の時間が30年もあるとなると、それはもう一つの人生です。ドラッカーはそれをセカンド・ライフと呼ぶわけです。</p>
<p>――第二の人生ですね。</p>
<p>井坂　はい。私自身が、第二の人生を創造するさなかにいるわけですね。自分で語りながら、自分でそのための助走もしているわけです。これは単なる評論家に徹することが許されない、切実な立ち位置でもあります。</p>
<p>――誰にでも関係のあることですね。</p>
<p>井坂　ええ。生き方に関することは、誰に対しても評論家的態度を許しません。まして、ドラッカーは自ら語った通りに生きた人ですから、彼の学徒としては、なおさらです。</p>
<p>――井坂さん自身は組織で働いてきたのですね</p>
<p>井坂　そうです。出版社で長らく勤務してきました。私にとってはこの経験がある面で資産なのではないかと感じています。</p>
<p>というのも、何をするにも、元手というのは必要なわけです。元手なしに始められる活動などはありませんから。</p>
<p>私は26年間出版社の組織に身を置きながら、そこでの業務を通じて、自分なりの観察と経験を蓄積してきました。これなどは、元手としてはかなり貴重な部類に入ると思います。結構大変ではありましたけどね。</p>
<p>――働くというのは大変なことですね。</p>
<p>井坂　とても大変なことです。トラブルは日常ですし、責任に伴う圧力もあります。心身の不調だってあります。それでも、何とか運よく今日まで継続することができた。ありがたいことです。</p>
<p>――それを第二の人生につなげるには、どうしたらよいのでしょう。</p>
<p>井坂　私は思うのですが、実は「定年」「老後」などというコンセプトはもともと存在しなかったのです。産業システムの形成に伴って便宜的に捏造されたコンセプトだというのが私の考えです。事実、産業社会の以前の社会、たとえば農業社会では人は死ぬまで働くのが当たり前でした。かなり恵まれた階級の人々でも、「隠居」というのはあっても定年はなかった。</p>
<p>――確かにそうですね。</p>
<p>井坂　だとすると、私たちにとって定年や老後を無効化する生き方を選び取るのはさほど難しいことではないということになります。もともと存在しないものだったわけですから。</p>
<p>私はこんなふうに考えています。</p>
<p>一つは、働き続けることです。働き続けることで、私たちは次に必要なスキルや経験と言った知識資本を仕入れ続けることができる。どんな商売にも仕入れは必要なのですから。</p>
<p>これが一度でもこぐ手を止めてしまったらどうなるか。自転車と同じで、転倒してしまう。そうならないためにも、動き続けなければならない。</p>
<p>もう一つは、自分が手にしたいものをはっきりさせることです。言い換えれば、何を自分に要求するかを明確にする。これをプリンシプルと言います。</p>
<p>世の中には、二種類の人間がいます。プリンシプルを持つ人間と、プリンシプルを持たない人間です。実はどちらが生きやすいかと言えば後者です。プリシンプルを持たない人は、ただ現実に自分を適応させていけばいい。知識社会が高度化しつつある昨今と言えども、このような後者のタイプ、すなわちプリンシプルを持たない人のほうが圧倒的多数であり、前者は少数派であることを知らなければならない。後者は、定年を受け入れ、老後を受け入れます。けれども、いずれも知らない誰かが勝手に決めたものであることに思いが至らない。自分の内面との対話がないから、川に流されていくように唯々諾々と現実を受け入れてしまう。</p>
<p>これではいけません。大事なのはプリンシプルを持つことです。プリンシプルを持つと、自分の内的規範と外部環境との間で常に緊張関係や葛藤が生じますから、大変に骨が折れます。けれども、その緊張関係や葛藤を受け入れて、責任をもって人生についての判断を下すことが、最も人間らしい行為であるとドラッカーは「キルケゴール論」で書いています。</p>
<p>働き続けること、プリンシプルを持つこと。いずれも楽なことではありません。知識社会はそもそもが人に楽をさせてくれるような甘い社会ではない。このことを知っておく必要があります。</p>
<p>そのための作法を第Ⅲ部で詳しく述べました。</p>
<p>――ありがとうございます。ぜひ指摘されたところを肝銘しつつ、考えながら本を手に取ってみたいと思います。</p>
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		<title>『ドラッカー×社会学－コロナ後の知識社会へ』刊行！</title>
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		<pubDate>Thu, 27 May 2021 23:42:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[『ドラッカー×社会学　コロナ後の知識社会へ』公人の友社 ドラッカーの知識社会論・社会生態学・マネジメントと社会学的思考の重なりを見出す対話から、新たな認識と活動の地平をひらく。コロナ禍の困難のもと、歴史的叡智を有効な資源 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/867fff791e4822992561b5bc3f2eddd8.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2734" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/867fff791e4822992561b5bc3f2eddd8.jpg?resize=204%2C300" alt="書影" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%C3%97%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%BE%8C%E3%81%AE%E7%9F%A5%E8%AD%98%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%B8-%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4875558635/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&amp;dchild=1&amp;keywords=%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97&amp;qid=1622158810&amp;sr=8-1">『ドラッカー×社会学　コロナ後の知識社会へ』公人の友社</a></p>
<p>ドラッカーの知識社会論・社会生態学・マネジメントと社会学的思考の重なりを見出す対話から、新たな認識と活動の地平をひらく。コロナ禍の困難のもと、歴史的叡智を有効な資源としてビジネスにも学問研究にも活用するノウハウ満載の、したたかな旅への必携書。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>執筆者紹介</p>
<p>井坂康志（いさか・やすし）</p>
<p>メディア・プロデューサー、ものつくり大学特別客員教授。1972年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士（商学）。著書に『ドラッカー入門　新版』ダイヤモンド社（共著）、『Ｐ・Ｆ・ドラッカー―――マネジメント思想の源流と展望』文眞堂（経営学史学会奨励賞受賞）、翻訳書に『ドラッカーと私』ＮＴＴ出版などがある。</p>
<p>多田　治（ただ・おさむ）</p>
<p>一橋大学大学院社会学研究科教授。1970年大阪府生まれ。琉球大学法文学部助教授を経て現職。早稲田大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士（文学）。著書に『沖縄イメージの誕生』東洋経済新報社、『沖縄イメージを旅する』中公新書ラクレ、『社会学理論のエッセンス』学文社、『社会学理論のプラクティス』くんぷる、『いま、「水俣」を伝える意味』くんぷる（共編著）などがある。</p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/tadasann.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2731" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/tadasann.jpg?resize=199%2C300" alt="tadasann" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おわりに――新しい風景</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>多田さんと初めて出会ったのは1992年5月のことです。今は大隈タワーの建っている、早稲田大学第二学生会館の（確か）10階音楽室前の廊下でした。</p>
<p>あの頃、今のようにスマホやSNSはありませんでしたから、人と会おうと思うと電話かわざわざ出向いていくしかありませんでした。情報誌に掲載された「わせだフォーク村」の無駄に過激な煽り文句に導かれた私は、新歓会場に赴き、幹事長とおぼしき人物をつかまえたのでした。その方が多田さんだったのです。</p>
<p>以来、多田さんとは同じ学部だったこともあって、政治、経済、社会、哲学、思想、文学、音楽、そして書き切れないほどの雑多な新しい風景を共有できたのは、私にとってこの上なく幸いなことでした。昭和から平成に変わる頃の中学・高校をほうほうの体で脱出した私にとって、多田さんとの自由で人間的な交流ほどにこわばった心を溶かしてくれたものはなかったのです。それにしても、あの頃はすべてが埃っぽく、粗雑で、知識や情報はもっぱら本や雑誌、新聞からでした。電話やポケベルがフルに活躍していました。</p>
<p>多田さんと私は学生時代に「アイソレーションズ」という音楽ユニットを組み、多田さんのオリジナル曲をライブ演奏していました。昭和から平成にかけての学生の所在なさや呻吟を歌った曲が多く、多田さんの少しごつごつした詩と温かみのあるメロディアスな旋律が好きでした。</p>
<p>やがて多田さんは大学院へ、私は出版社へとそれぞれの進路を歩んでいくことになった1990年代の半ば、決定的な変化が世界を覆います。一つはウィンドウズ95が発売されたことです。秋葉原や新宿などの家電量販店では長蛇の列をなして、人々が争うようにウィンドウズOSを買い求めたのは1995年末のことです。さらにもう一つ、インターネットの商業利用を通して、世界は一つのショッピング・センターへと姿を変えました。</p>
<p>ただしあの頃、パソコンというととてつもなく巨大で高価なものだったし、インターネットと言ってもつなぐのにうんざりするくらい時間と手間のかかるものでした。それでも90年代半ばには世界を一変させるだけの技術的素地は十二分に整っていたのを、実感します。</p>
<p>90年代から現在に至る世界の変化を眺めるとき、改めて多田さんの指摘する「現実の二重性」のもつ重みを感じざるをえません。その最たるものが、知識そのものの変化です。もはや私たちにとって、本や雑誌、新聞は多くの知識媒体の一つに過ぎなくなりました。大学の講義もオンラインもしくはハイブリッドへとスタイルを変えました。</p>
<p style="text-align: left;">ご存じのように、多くの場合学生時代の人間関係は、社会人になると、仕事や生活という強い現実の前にひどく薄まるか、消滅してしまうことが少なくありません。けれども、多田さんと私においては、知識の変化と並走するように、それぞれ活動分野は異にしつつも、関係をイノベーションできたのは幸運でした。刷新の結び目は常に「知識」だったように感じています。それを決定づける象徴的な出来事が、2004年の多田さん初の著作の刊行でした。私にとって今なおかけがえのない意味を持つ出来事です。大学卒業後、音信の途絶えた数年を経て、多田さんの記念碑的著作『沖縄イメージの誕生』を編集する役回りをはからずも遂行できたのです。本書は多田さんの博士論文をベースにしたものであり、同時に、多田さんと私の原点を確認させてくれた思い出の書物です。</p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/okinawa.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2730" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/okinawa.jpg?resize=211%2C300" alt="okinawa" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>さらに10余年、多田さんと私の間にまたもや劇的な関係性のイノベーションの機会が訪れました。「はじめに」で多田さんが言及してくださっている拙著『Ｐ・Ｆ・ドラッカー――マネジメント思想の源流と展望』の刊行です。多田さんはいち早く推薦文を寄せてくれたばかりか、本書をテクストとした講座や講演会を企画し、学生時代の音楽ユニット「アイソレーションズ」の復活ライブと二本立てで、日本全国を回るという血湧き肉躍る行動に駆り立ててくれたのです。</p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/ab0a0a3f1de315f35d83f3b3903d3ff1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2733" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/ab0a0a3f1de315f35d83f3b3903d3ff1.jpg?resize=207%2C300" alt="源流" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>アカデミックな知識とは成り立ちが違うものの、音楽は知覚による知識の代表格です。知覚と分析、まさに「現実の二重性」に両面からアプローチしていく講演＆ライブは、東京・明治大学、一橋大学にはじまり、函館から仙台、浜松、尼崎、長崎、壱岐にまで及びました。同ツアーを支えてくださった皆様にはこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。</p>
<p>さて、95年のデジタル化とインターネットの普及を境に知識の持つ意味が大きく変化したと述べました。改めてドラッカーの所説に耳を傾けるならば、彼の言う「断絶の時代」は今なお進行中です。「断絶」とは19世紀に基礎を持つ文明と21世紀的文明のつなぎ目を表現しており、おおむね1960年代後半から2020～2030年まで続くことになる。その後の時代はわれわれの見たことのない、後の歴史家のみが評価可能な時代になるだろうと述べていました。そんな2020年、狙いすましたように、コロナ禍が世界を覆い尽くしました。何とも暗示的です。パンデミックは旧時代の残滓ばかりか、傾いた20世紀文明の屋台骨までをもなぎ倒し、新たな文明の指針を私たちの前に示してくれたようなところがあります。</p>
<p>ノアの洪水の後、鳩が若葉を運んでくるように、新しい文明の中心となる知識がどこに芽吹いているのかを見出したい――。本書がささやかながら試みたのはその点にあります。</p>
<p>奇しくも日本では、元号が平成から令和へと変わりました。私たちの多くは少なくとも二つ以上の時代を生きていることになります。「二つ以上」という認識が重要だと思います。異なる時代を架橋する論理や作法がどうしても必要になるからです。その範となる先達が、本書で示したドラッカーであり、渋沢栄一のような人たちだったのです。</p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/c97d7c2e122219292e710ab4711db7f6.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2735" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/c97d7c2e122219292e710ab4711db7f6.jpg?resize=225%2C300" alt="多田さんと私" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>すでに私たちは、草履をはいて刀を差していた江戸時代の人が、革靴に背広をまとうくらいの、まったく相貌を異にする時代を生きています。衣服や髪形などのわかりやすい形態をとっていないだけで、「現実の二重性」の主観や内面で進展する個々の世界においては、ある意味で明治維新をも凌駕する変化が進行中なのです。</p>
<p>ただし、明治期と異なる点が少なくとも一つあります。江戸末期から明治にかけて、渋沢栄一や福沢諭吉のような活躍ができる人は、ほんの一握りでした。社会の必要に対して、知識人の供給が圧倒的に不足していたからです。当時の知識人たちが、一人で何役もこなさなければならなかったのは、渋沢や福沢の生涯を見ても明らかでしょう。</p>
<p>ひるがえって、現在はどうでしょうか。知識そのもの、そして知識ある人たちであふれています。実に豊かでかつカラフルです。彼らは組織やチーム、時に技術や論理、感性、総じて「知識」と言われる資源を駆使して、まったく異なる次元の生産性を実現しているように見えます。そして、少なくとも誰もが、そんな知識社会に参画する資格を備えているのです。</p>
<p>多田さんとの対話を通して、現在進行中の知識社会の諸課題について考えを深めることができたのは、私にとって感慨深い体験でした。それぞれのビルドゥングス・ロマン（自己形成物語）が必然的に投影されているだけになおさらです。</p>
<p>むろんコロナや知識をめぐる変化は展開中でもあり、控えめに見ても考察は限定的なものにとどまっています。それでも、この小著が多少とも新しい風景の一端を示すことができたなら、著者の一人としてこれにまさる喜びはありません。</p>
<p>2021年5月</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>多田ゼミ同人誌2020.9</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Sep 2020 00:18:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[保守主義]]></category>

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		<description><![CDATA[尊敬する先輩・多田治先生の同人誌に投稿させていただきました。 多田ゼミ同人誌原稿「コロナ・エクソダス－『悪い時代』からいかにして脱却するか」20.9.3]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>尊敬する先輩・多田治先生の同人誌に投稿させていただきました。</p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2020/09/2ceccb2fa4702d6bcd9ca87ac6e5bd07.pdf">多田ゼミ同人誌原稿「コロナ・エクソダス－『悪い時代』からいかにして脱却するか」20.9.3</a></p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2017/12/IMG_3621-e1600607087552.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2334" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2017/12/IMG_3621-e1600607087552-225x300.jpg?resize=225%2C300" alt="IMG_3621" data-recalc-dims="1" /></a></p>
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		<title>サイエンスシフト（沢井製薬）に対話風エッセイ掲載</title>
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		<pubDate>Wed, 26 Feb 2020 04:04:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>

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		<description><![CDATA[「地に足が付いたイノベーション〜ドラッカーに未来の創りかたを学ぶ（前編）」『サイエンスシフト』2020年2月25日https://scienceshift.jp/?p=7122&#38;preview=1&#38;_pp [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「地に足が付いたイノベーション〜ドラッカーに未来の創りかたを学ぶ（前編）」『サイエンスシフト』2020年2月25日<a href="https://scienceshift.jp/?p=7122&amp;preview=1&amp;_ppp=5c62618e78" target="_blank" data-saferedirecturl="https://www.google.com/url?q=https://scienceshift.jp/?p%3D7122%26preview%3D1%26_ppp%3D5c62618e78&amp;source=gmail&amp;ust=1582775894095000&amp;usg=AFQjCNGWzgjHpuJInRVs4ifvHcPzdvuAag">https://scienceshift.jp/?<wbr />p=7122&amp;preview=1&amp;_ppp=<wbr />5c62618e78</a></p>
<div>「地に足が付いたイノベーション〜ドラッカーに未来の創りかたを学ぶ（後編）」『サイエンスシフト』2020年2月25日<a href="https://scienceshift.jp/?p=7126&amp;preview=1&amp;_ppp=92f2d14772" target="_blank" data-saferedirecturl="https://www.google.com/url?q=https://scienceshift.jp/?p%3D7126%26preview%3D1%26_ppp%3D92f2d14772&amp;source=gmail&amp;ust=1582775894095000&amp;usg=AFQjCNHQVxPAloaym89afGjzZiefeCBDvg">https://scienceshift.jp/?<wbr />p=7126&amp;preview=1&amp;_ppp=<wbr />92f2d14772</a></div>
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		<title>ドラッカーとマクルーハン</title>
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		<pubDate>Thu, 13 Feb 2020 23:06:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>

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		<description><![CDATA[「ドラッカーの事業戦略論－マクルーハンからの示唆をめぐって」『ものつくり大学紀要』第9号、2020年2月、pp.57-64 ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/20200214075737593.pdf">「ドラッカーの事業戦略論－マクルーハンからの示唆をめぐって」『ものつくり大学紀要』第9号、2020年2月、pp.57-64</a> </span></p>
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		<title>私の好きな短編集ランキング　ベスト10</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Aug 2019 01:02:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[名言]]></category>

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		<description><![CDATA[ときどき読み返す思い出の本。苦しいとき、悲しいとき、暇なとき、味方になってくれる本。 短編集を中心にランキングと寸評を書いてみました。 第10位 ボルヘス『伝奇集』岩波文庫 第9位 ポー『ポー短編集 ゴシック編』新潮文庫 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ときどき読み返す思い出の本。苦しいとき、悲しいとき、暇なとき、味方になってくれる本。</p>
<p>短編集を中心にランキングと寸評を書いてみました。</p>
<p>第10位 ボルヘス『伝奇集』岩波文庫<br />
第9位 ポー『ポー短編集 ゴシック編』新潮文庫<br />
第8位 村上春樹『東京奇譚集』新潮文庫<br />
第7位 トーマス・マン『ドイツとドイツ人』岩波文庫<br />
第6位 上原隆『雨にぬれても』幻冬舎アウトロー文庫<br />
第5位 ラフカディオ・ハーン『怪談』岩波文庫<br />
第4位 恒川光太郎『夜市』角川ホラー文庫<br />
第3位 チェーホフ『カシタンカ・ねむい』岩波文庫<br />
第2位 カフカ『カフカ短編集』岩波文庫／ディケンズ『ディケンズ短編集』岩波文庫<br />
第1位　夏目漱石『硝子戸の中』新潮文庫</p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/isaka.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2673" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/isaka.jpg?resize=218%2C300" alt="isaka" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;<br />
<strong>第10位 ボルヘス『伝奇集』岩波文庫</strong></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/10.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2672" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/10.jpg?resize=213%2C300" alt="10" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>ボルヘス？ 誰？<br />
最高にクールなアルゼンチンの大作家です。<br />
擦り切れるくらい読みました。駄作は一つもない、ぜんぶ大傑作です。語り口がとにかくいい。切れ味がいい。言葉の選び方が絶妙なのです。くどいくらいに爽やかで、奇妙なことを当たり前の顔で語る変な人。短編「記憶の人フネス」は必見です。ボルヘスの世界は言葉のタピオカ、一度読むと癖になる。<br />
この世界の果てしなさにふれたければ、黙ってボルヘスの文章に目を落としなさい。私に言えるのはそれだけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第9位　エドガー・アラン・ポー『ポー短編集　ゴシック編』新潮文庫</strong></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/9.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2671" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/9.jpg?resize=225%2C300" alt="9" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>ポーの作品は「憂鬱の百科全書」ともいえるでしょう。その爽やかな暗黒感覚にとりつかれ、小学生以来読み返しています。</p>
<p>私にとっては「シャーロック・ホームズ」の作者コナン・ドイルがお手本にした作家という感があり、作風は心理的、暗黒的でありながら、人生の冷徹な哲理がぎっしりと詰まった叡智のカタログでもあります。</p>
<p>代表作の「黒猫」は、今もしばしば最終場面が鮮やかに脳裏に浮かび、私を戦慄の深淵にたたき落としてくれます。その独特の深みは、透徹した人間観察に裏打ちされていて、「アッシャー家の崩壊」「赤死病の仮面」などは、まさにうっすらと感じていたこの世界の不条理を見事に説明してくれて痛快でさえあります。</p>
<p>憂鬱質という気質を持つ私にとっては、言い尽くせない慰安を供してくれる作品でもあります。時々、何かにストレスを感じた時など無性に読み返したくなり、そのたびにカタルシスを与えてくれます。ポーは心の機微を知り尽くした作家であり、厳しい現実にしかるべき勇気をもって立ち向かう覚悟を与えてくれる友人でもあるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第8位 村上春樹『東京奇譚集』新潮文庫</strong></p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/8.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2670" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/8.jpg?resize=225%2C300" alt="8" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>村上春樹の短編集はいろいろありますが、一つあげるとしたら、迷わず私は本書を選びます。なんと言っていいのか、いつも読後世界がゆがんで見えるような不思議な感覚にとらわれるのです。本短編集は村上春樹の作品でも最高傑作でない。それだけはおそらく確かです。けれども、村上さんのストーリーテラーの才能がもっとも遺憾なく発揮された作品なのは間違いありません。私に馴染みの東京。そこはいくつもの可能的リアリティの輻輳する異界であることを村上さんは教えてくれています。その意味で、本書は、フィクションの形式でたまたま語られてる事実の描写にほかなりません。よろしければ、手にとって体感してみてください。理解できるはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第7位 トーマス・マン『ドイツとドイツ人』岩波文庫</strong></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/7.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2669" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/7.jpg?resize=225%2C300" alt="7" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>正確には短編集ではなく、講演録です。けれども、私にはナチス時代を対象にしたマンのアクチュアルな発言が、グリム童話の暗い森で語られる不吉なお話みたいに感じられるのです。</p>
<p>私はたいしたドイツ文学の愛好者ではありませんが、マンは好きでわりによく読みます。『トニオ・クレーゲル』そして『魔の山』を教養主義小説の大傑作として崇拝します。けれども、なぜかマンの短編集は面白いと思ったことがありません。理由はわからないのですが、たぶん、短距離ランナーではなかったのでしょう。そんなことを言うとファンから怒られますが。</p>
<p>その点、この講演録は血を吐くような凄まじい大迫力を伴う作品といっていいでしょう。ユダヤ人として、地位も名誉も、ついに博士号も奪われた彼が、渡米後放った言葉のスカッドミサイル。マンをクールな作家と思っていた私は、本書を手にして大きくイメージの修正を迫られました。</p>
<p>現代の日本および日本人が読むべきです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第6位 上原隆『雨にぬれても』幻冬舎アウトロー文庫</strong></p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/6.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2668" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/6.jpg?resize=300%2C225" alt="6" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>上原隆、あまり知られてませんね。それなら、これから上原隆の作品に触れることをお勧めします。いくらかの自信をもって。</p>
<p>人のふとした表情の影を描くのに、こんなに見事な書き手は稀です。登場するのは、みな名もなき人たち、つまり私やあなたのような人。それぞれのささやかな人生に、嗚呼、なんと深い悲しみが何の前触れもなく起こることか。</p>
<p>私は作中の人たち全員を愛さないわけにはいかない。そして、幸せを祈らないわけにはいかないのです。言葉がありありと立体感あふれる愛と悲しみを脳裏に創造する作家、上原隆。ぜひ名前を覚えていただけると私も救われます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第5位　ラフカディオ・ハーン『怪談』岩波文庫</strong></p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/5.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2667" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/5.jpg?resize=300%2C225" alt="5" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>子供のころから不思議な話が好きでした。昔どの家にもあった少年少女版では、『怪談』以外の作品からも採録していて、心を遠い世界に解き放つ最高の時間を過ごさせてくれました。</p>
<p>『怪談』は最高の短編集、いや、短編集の中の短編集といっていいかもしれません。怖い話ばかりかというとそうでもない。大半は怖くもなんともない話です。けれども、読後に何か奇妙な違和感が背筋に残るのです。首筋に透明の蛭が無数にまとわりついているかのような。どこからともなく、微風に乗って線香の香りがしてくるような。</p>
<p>上田秋成の『雨月物語』も似ています。こちらは江戸期の作品ですが、服を着たまま生温かい水に首まで浸かっているような、なんともいえないいやな感覚なのです。たぶん昔の日本にはそこら中にそんな時間があふれていたのでしょう。昔の日本人の意識に作品を通してチャネルが合ってしまうかもしれません。</p>
<p>『怪談』の大半は人から間接的に聞いた話をハーンがまとめたものです。いわば再話という形式をとっていて、これは19世紀の「グリム童話」と同様の手法です。有名な「むじな」「ろくろ首」「雪女」などは多くの日本人にとってなじみのものですが（ちなみに、「雪女」の舞台は現在の東京青梅のあたりだと言われています。昔は寒かったのでしょう）、たった一つだけ、ハーン自らの生活圏（東京牛込）で起こった実話があります。子供のころこの話だけは衝撃的に怖かった記憶があります。「力ばか」と言います。この作品を読むだけでも、手に入れておく価値はあるかもしれません。</p>
<p>あまり知られていないかもしれませんが、秀逸な短編は他の作品集にも採録されています。私が愛してやまないものに二編「茶碗の中」「人形の墓」があります。タイトルだけで、どこかぞわぞわしませんか。現在は上田和夫訳『小泉八雲集』新潮文庫で読むことができます。ともに、いつもポケットにしのばせていたい本です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第4位 恒川光太郎『夜市』角川ホラー文庫</strong></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/4.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2666" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/4.jpg?resize=300%2C225" alt="4" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>恒川光太郎の名を初めて知った方。幸運をことほぎましょう。まだまだ世界は未知なるものに満ち溢れている。恒川は美しい紫のきらめく滑らかな文体で、内なる旅へと誘ってくれます。</p>
<p>その短編の精巧さ、解放感、優美さ。南国の竹で無限に編み上げられた笊のように、素朴でありながら高貴な逸品があなたの前に惜しげもなく差し出されます。</p>
<p>そのたびに思います。いい文章に包まれて、優れた物語に耳を傾けるほどの至福はないと。この愉悦はほかでは得られません。恒川さんの言葉に身を浸してみてください。いかに自分の心が痛み疲れていたかに気づくはずです。やわらかな温泉のように、なぜか懐かしい。やがて行間に響く言葉以上の言葉、自身の魂の発する石笛の音響を遠く耳にするかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第3位 チェーホフ『カシタンカ・ねむい』岩波文庫</strong></p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/3.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2665" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/3.jpg?resize=300%2C215" alt="3" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>何年か前にドストエフスキーのお墓詣りがしたくて、サンクトペテルブルクに旅行しました。ドストエフスキーは崇敬しますし、ロシア文学の巨頭であるのは疑いえません。それというのも、作品の壮大さ、テーマの深遠さ、構成や人物の複雑さに偉大さが表れるのですね。</p>
<p>一方でチェーホフは、ほぼ同時代のもう一つのロシア文学を代表する作家です。ドストエフスキーが大きな物語を語ったのに対して、チェーホフは小さな物語、ささやかな物語を意識的に語った人でした。舞台は庶民の日常であり、人物は女性や子供、時に犬でさえあります（ちなみに、カシタンカは犬の名です）。小さな一隅で流される一すじの涙をチェーホフは見逃しません。テーブルの下で握られるちいさなこぶしも、雨にたたられたときの細いため息も、優しい陰影とともに、正確に描写されています。</p>
<p>チェーホフは医者でした。作家として名をなしてからも、医者であり続けました。自身はわりに早く病死してしまうのですが、患者や周囲への温かな配慮溢れる目線は、作品にも十分に表れています。チェーホフの人となりに関心があれば、やや長めの作品「六号病棟」を読まれるといいかもしれません。</p>
<p>旅行の時など、車窓を流れる風景を眺めながら、チェーホフを手にしてみてください。のびやかな清潔感ある文章に目を落とし、この世界が苦しみに満ち溢れながらも、やはり美しい風の通う一隅なのを確認する。決して悪い気分のものではありません。チェーホフは、小さなものを通して、人の世の美しさを教えてくれる、ささやかさの表現で偉大さを体現する作家なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第2位 カフカ『カフカ短編集』岩波文庫</strong><br />
<strong>同点2位 ディケンズ『ディケンズ短編集』岩波文庫</strong></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/2-1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2663" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/2-1.jpg?resize=225%2C300" alt="2-1" data-recalc-dims="1" /></a><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/2-2.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2664" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/2-2.jpg?resize=225%2C300" alt="2-2" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>2位は二作あります。ディケンズとカフカ。どことなくビートルズとストーンズみたいな対比関係を思わせます。あるいはヴェルディとワーグナー、ゴッホとルノワール、実力は互角ながら、陰陽に分かたれて、交わりそうで交わることのない黒白二本の大河を私は思い浮かべます。</p>
<p>ともに長編短編を自在に書き分け、そのいずれもが傑作と評価されています。私の気質からすれば、悪夢の中の沼のようなカフカに親しみを感じます。2年前プラハのブルタバ河畔のカフカの家を訪れました。カフカの小説に登場しそうな陰鬱な女性が管理していて、私を見て無料で中に招いてくれました。同胞と判断したのでしょう。その薄暗い展示物や内装がどれほど慰安をもたらしてくれたことか。思わずただいまと口にしそうになったほどです。忘れないうちにひとつだけ、「橋」という超短編は必見です。</p>
<p>ディケンズも陰鬱は陰鬱なのですが、カフカと違うのは、作家として、ストーリーテラーとしての高度なプロ意識の成果である点です。彼は読者の心のつぼのようなものを知悉しています。マーケティングが行き届いているのです。イギリス最高の国民作家にふさわしい語り手であり、言語のエンターテイナーです。「子守女の話」などは秀逸ですが、小さい頃こたつでおばあさんが話してくれる不思議な話を思わせる親密で温かな空気感が漂ってきます。</p>
<p>ちなみに、ディケンズの訳者石塚裕子氏の訳文は涙が出ます。短編集は共訳ながら、大長編ビルドゥングス・ロマンの『デーヴィッド・コパフィールド』は単独訳で石塚さんの大洋のごときのびやかで滋味深い訳文を堪能できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>第1位　夏目漱石『硝子戸の中』新潮文庫</strong></p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2662" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2019/08/1.jpg?resize=300%2C225" alt="1" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>硝子戸の中と書いて、がらすどの「うち」と読みます。短編集というよりは随筆です。読み返した回数では、かなりの部類になると思います。胃病が激化して亡くなる1年前、病身で外出困難な漱石が、自宅にいて聞こえる音や思い出すものどもを気の向くままに綴った書き物です。そのためか、全編死のにおいが漂っています。時々彼の空咳や衣擦れまで聞こえる気持ちになります。世の中では第一次大戦勃発の直後、世界が暗転していく東京の空気なども、漱石の心境と同時進行で語られる歴史的作品でもあります。</p>
<p>漱石の頭脳によみがえるのは、大半は愉快とはいいがたい思い出です。それらが、どことなく快い痛みとともに次々に映写機にかけられていきます。生きるのをあきらめようとした女性との出合い、健康を誇りながらあっけなく先に死んでいった友人たち、手紙で自分に絡んできた関西のある傲慢な人物など。これといった特徴も脈絡もない、名もなき人々であり、名もなき記憶です。それでも、漱石はやがてこの世を去るわが身を予期してか、愛しいわが子のようにひとつひとつを大切に取り出して見せてくれるのです。</p>
<p>晩年の思想があるわけでもなければ、新しい創造があるわけでもありません。あるのは、漱石という一人の生身の人間だけです。漱石は自分の弱さをひたすら書き記そうとします。共感を求めるのでも、理解を要求するのでもなく、あるいは人に何かを教えようとか、訴えようとかするのでもない。ただ内面で進行する心象を端然と描写していきます。その描写は－－あえてありきたりの言葉を使えば－－たとえようもなく美しく、またある種の特別な伝達力を伴っています。</p>
<p>『硝子戸の中』を手にしたとき、私は19歳で、大学に入ったばかりでした。確か新聞のコラムか何かで目にしたのがきっかけだったような気がしますが、はっきりとは覚えていません。漱石の随筆にはロンドン時代にもよいものがいくつかありますが、私の心にどどまり続けているのは、以来『硝子戸の中』です。</p>
<p>その一端は、漱石の死という個人的経験とかかわります。記述は死の床に伏す漱石の脳裏を何度も旋回した重たい想念とおおかた重なるに違いないのです。漱石が心にかけた死の観念、やがて現実になるそれはどのようなものだったのか。私は想像しないわけにはいきません。いずれ遠からず自分にも訪れるものにほかならないからです。</p>
<p>漱石のものした最後の随筆は、死のレッスンを促す血の文字で書かれています。あのソクラテスが自らが死んでいく様を『パイドン』で弟子たちに実況中継したように、『硝子戸の中』は漱石の死んでいく内面生活を実況中継した作品にほかなりません。死を予覚させるだけのリアリティを十分に提示する点で、漱石の真の「哲学」的著作として私は受け取ってきました。哲学とは死の練習以外のなにものでもないからです。</p>
<p>気づけば私も『硝子戸の中』を書いた彼の年齢とほぼ同じになりました。新しい気持ちで、近々読み返してみたいと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>経営学史学会著書部門奨励賞</title>
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		<pubDate>Mon, 10 Jun 2019 22:41:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>

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		<description><![CDATA[井坂康志による下記の著作が、経営学史学会著書部門奨励賞を受賞しました。 『P・F・ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望』文眞堂、2018年9月25日    ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>井坂康志による下記の著作が、経営学史学会著書部門奨励賞を受賞しました。</p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/P%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC-%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%81%A8%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E4%BA%95%E5%9D%82-%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4830950064">『P・F・ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望』文眞堂、2018年9月25日</a></p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/02.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2519" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/02.jpg?resize=212%2C300" alt="02" data-recalc-dims="1" /></a><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/02.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2519" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/02.jpg?resize=212%2C300" alt="02" data-recalc-dims="1" /></a><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/01.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2518" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2018/08/01.jpg?resize=212%2C300" alt="01" data-recalc-dims="1" /></a></p>
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<p><span style="font-size: 12pt;"> </span></p>
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		<title>耳学問入門</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Apr 2019 05:59:38 +0000</pubDate>
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		<title>ドラッカーに学ぶ生産性の高め方</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Feb 2019 22:46:07 +0000</pubDate>
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<div>「生産性」現代ならではのもう一つの面とは　ドラッカーに学ぶ生産性の高め方（後編）」『サイエンスシフト』2019年2月26日<a href="https://scienceshift.jp/productivity-drucker-02/" target="_blank" data-saferedirecturl="https://www.google.com/url?q=https://scienceshift.jp/productivity-drucker-02/&amp;source=gmail&amp;ust=1551393651445000&amp;usg=AFQjCNFM91wLQ2h4cQrNbkQlBI9lYFBKNw">https://scienceshift.jp/<wbr />productivity-drucker-02/</a></div>
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		<title>ドラッカー×社会学</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Jan 2019 23:03:32 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[多田治氏（一橋大学教授）による『P・F・ドラッカー－－マネジメント思想の源流と展望』のシャープなレヴュー、そして著者によるリプライを掲載いただいています。 &#160; 「ドラッカー×社会学」『多田ゼミ同人誌・研究紀要』 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>多田治氏（一橋大学教授）による<a href="https://www.amazon.co.jp/P%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC-%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%81%A8%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E4%BA%95%E5%9D%82-%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4830950064">『P・F・ドラッカー－－マネジメント思想の源流と展望』</a>のシャープなレヴュー、そして著者によるリプライを掲載いただいています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/e380b3517fcd6469b1a39d3ad91dc893.pdf">「ドラッカー×社会学」『多田ゼミ同人誌・研究紀要』Vol.17（一橋大学大学院社会学研究科・社会学部　多田治ゼミナール）2019年1月16日、pp.60-76</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;"> </span></p>
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