概説ドラッカー経営学(3)-未来の見方

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目標管理というコンセプト

ドラッカーの考え方では、大切なのは人との競争ではない。あるいは他社との競争ではない。自らの力をふさわしく展開し、実現し、成就していくことである。それを組織的かつ体系的に可能とするのがマネジメントである。

そのマネジメントの役割には本業、人、社会的責任がある。だが、それだけでは単なるコンセプトにすぎない。では、具体的な成果を促し、自らを実現、成就していくには何が必要なのか。

キーワードは「目標」である。しかも具体的な目標である。

ドラッカーは七つの領域、あるいは八つの領域で目標を設定せよと言う。複数の領域で目標を設定し、相互のバランスを図りながら同時的かつ全体的に追求していく考え方が、後のバランススコアカードのルーツとなり、キャプランとノートンの二人が体系化したコンセプトとなった。

では、七つの領域とは何か。第一にマーケティング、第二にイノベーション、第三に生産性、第四に人材、第五に物的資源、第六に資金、第七に社会的責任である。そして「条件」としての利益である。

それぞれの領域についてドラッカーがどう考えていたかも検討に値するのだが、ここでまったくもって彼らしいのが、利益を「条件」としてあげていることである。条件とは目標ではない。

人間に置き換えて考えてみると、「衣食住」は生存の条件ではあっても生きる目標にはなりえない。生きるために確かに衣食住は必要だが、衣食住を目標に生きているわけではない。目標とは目的に付帯する高次の概念である。

組織においても同じである。利益は目標ではない。条件である。利益がなければ組織は存続できないが、利益を目標に組織があるわけではない。しかも、利益とは存続の条件というのみでなく、明日さらによい事業を行うための条件でもある。

したがってマネジメントには、七つの目標と一つの条件があるということができる。

それらにあっても、部分のみの最適化であってはならない。とくに利益だけに焦点を当てる経営は、必ずほかの七つの領域を弱らせ、細らせ、腐らせ、長期的には破綻する。

これらの目標と条件をバランスさせて達成しなければならない。部分の最適は不可である。そのなかでは、財務、顧客、業務、イノベーション、すなわち過去、外部、内部、将来といった異質な要因同士をトータルにバランスさせる必要がある。マネジメントの機能であって、部分最適でなく、全体としての最適化が図れた時に、単に利益を超えた意味での、「富の創出能力」が最大化されることになる。

では、目標を考えるうえでの最初のポイントは何か。あらゆる組織にとってもっとも重要なことが、「自らの事業は何か」と問うことであるとドラッカーは言う。この問いに答えを与えるのは、見かけほど簡単ではない。

ちなみに、この「問い」という手法は、ドラッカーの得意とするものであった。彼はGMやIBMのような超巨大企業から、国家、自治体、そして地元の中小企業からNPOにいたるまで幅広くコンサルティングを引き受けていた。

その際の常套的な方法は、問いをもってスタートするところにあった。有名なものとして、「お宅の事業は何ですか」という問いがある。日本のコンサルタントでも、これをアレンジして、「お宅は何屋さんですか」という問いを使って相手の意識を喚起する方がいる。

コンサルタントとはこのようによい問いをたくさん持つ人である。だが、難しいのはよい問いには簡単な答えがないところにある。

ある時、ドラッカーがコンサルタントとして乗り込み、この問いを発したところ、相手が「びんの製造です」と答えた。それに対して、彼は「容器の製造なのではありませんか」と返し、その瞬間、クライアントには事業の新たな構想が見えたという逸話が残っている。最初の一言で、コンサルティングの大半は終わっていた。

目標の中には長く生き続けるものがある。しかし永遠のものなどありえない。やがては陳腐化する。一所懸命真面目に、しかも創造的に経営しているにもかかわらず、地盤沈下していくことがある。事業の定義が陳腐化してしまったのである。

目標は変わっていく。上げられた成果とともに質量も変化していく。ならば目標と達成を相互にフィードバックしながら、自らの強みを研磨し、さらなる成果のフィールドを見出していく。これが目標管理の醍醐味である。

その時にドラッカーが意識を喚起するのが、時間軸である。おおざっぱに言って、彼の時間軸には、過去・現在・未来というものがあり、かかる異次元の要因をどうマネジメントすべきかの意識が働いていた。

たとえば、同じ目標でも、今日一日の目標と今週一週間の目標はまったく次元を異にする。

あるいは今月一月と今年一年の目標、さらには一〇年後の目標、二〇年後の目標、果ては人生目標すべてが質的に異なるものである。

一〇〇メートル走のための努力とマラソンのための努力が質的に異なるのに似ているかもしれない。

その点について組織全体としての共通の認識がなければ、いかにマネジメントの細部を磨こうとも、衰退は不可避となる。組織とは、本来短期長期がないまぜとなって全体として機能する。意識が不統一ならば、あらゆる活動が脈絡のないばらばらなものになる。

さらに、自らの事業は何かに加え、やがて何になるか、何でなければならないかも明らかにしておかなければならない。

目標は日々変化していく。創業時の目標と拡大期の目標、安定期の目標すべて同じであるはずがない。人も組織もその時の発展度合いによって成り立ちを変えていく。そのなかで、未来への見通しなくして事業の明日はなく、ビジョンなくして組織の明日はない。

その時には逆境をきちんと想定しておくのがよい。家も悪天候を想定して建てなければならないという。人も組織も、世の中の現実は敗北のほうが勝利よりはるかに多い。勝利は僥倖だが、失敗は日常である。未来を想定する問いかけを行うのは、逆風の時では遅い。逆境こそが常態なのであって、順風の時にこそ、そのことを徹底的に考えておかなければならない。

事業の定義や目標を考え抜くことは必要である。しかし、いかなる組織であれ、内部の思惑だけで組織のすべてが決定されることはない。

究極的には、事業は何か、何になるか、何でなければならないかを決めるものは外部にいる顧客であるとドラッカーは言う。顧客にとっての価値、欲求、現実が、事業が何であるかを決める。自分だけで決めるのではない。それでは、顧客を知るための方法は何か。外へ出て、見て、聞くことである。重要な情報は組織の内部ではなく、外部にあるからだ。

目標の陳腐化は外部にあるものが教えてくれる。ドラッカーは二つあるという。「予期せぬ成功」と「予期せぬ失敗」である。これはピンチをチャンスに変えるドラッカー経営の醍醐味とも言える方法であるが、詳細は次回述べることにしたい。

「予期せぬ成功」を活用する

価値創造は、昔から職人芸といわれてきた。教えることのできないものと考えられてきた。確かにモーツアルトから作曲法を学ぶにしても、天才ならぬわが身に同じ芸当ができるとは思えない。

だが、日本の武道などは体技でありながら、伝達のための方法を持っている。そこには凡人でも学びうるなにがしかの方法ないし型がある。ドラッカーはそこに着眼した。

イノベーションを概念的に明確化したのがシュンペーターだとすれば、それを方法化したのがドラッカーである。ドラッカーは頭脳の中の概念から議論をはじめることをあえてしなかった。なぜなら、頭の中で起こることと外部の現実で起こることは常に異なる。

現実を推論のみで処理するのは、全財産を博徒の勘にゆだねるより危険である。現実の人間や組織はチェスの駒ではない。

彼は、膨大な数のケースを集めて観察し、理論と現実をフィードバックする方法をとった。観察の結果得られた洞察が、「イノベーションの機会は、暴風雨のようにではなく、そよ風のように来て去る」だった。イノベーションはそよ風――。果たしてどのような意味なのか。そよ風とは変化の兆候を指す比喩であろう。ここがドラッカーのイノベーション論の導入部となる。

イノベーションのなかでももっとも易しく、もっとも成功に近い第一のものが、「予期せぬ成功」であると彼は言う。微風でありながら、本格的な季節の到来を告げ知らせる。原語で「unexpected results」という。予測できない成果あるいは「期待されていなかった成果」である。

逆に予期しうることのなかに機会はない。自らが予期することは他人も予期している。

だが、幸いにというべきか、この世の中は変事や不測に満ちている。たとえば、手元に新聞記事があれば一瞥してほしい。一面トップの文言さえ、一週間前はおろか前日にさえ予測していた者など誰もいないはずである。

予期せぬことを機会と見なすとどんなことでも機会に転換できてしまう。人は明日何が起こるか知らない。自分の髪の毛ひとすじさえコントロールできない。誰も知らない、コントロールできないのは嘆くべきことではない。むしろ慶賀すべきアドバンテージである。出来事の意味の第一解釈権が自らにゆだねられていることを意味するからだ。

昨夏、節電の苦役が世を覆ったとき、他方では節電レシピや衣料などのイノベーションが花盛りだったことはいまだ記憶に新しい。いずれも誰も予期しえなかった、あえて言えば「想定外」の事件がビジネスの種となった。むしろ想定外の変化こそがビジネスの「主食」というべきである。端的に言えば節電と言われて、ため息をつくか、しめたと思うかの違いにすぎない。

では、「予期せぬ成功」のために何を行うべきなのか。

まず「予期せぬこと」「期待していなかったこと」はすべて徹底的に調べることであるとドラッカーは言う。そして、必ず報告する仕組みをつくることである。日常の業務のなかで、問題を列挙していた月例報告の第一ページの前に、成功を列挙したページをつけることだ。問題に費やしていたと同じ時間、あるいは、それ以上の時間をそれらの成功の新展開に割く。それこそが、ピンチをチャンスに変える究極の方法である。

一つ知人のコンサルタントから聞いた話を紹介したい。ある小規模な建設会社の例である。

その会社は公共事業の受注を中心に業務を営んできたが、公共支出の削減などもあり、しだいに事業は先細りになっていた。そんななかかねてより月に数回ほどの頻度で奇妙な電話がかかってくることに気づいた。いずれも、「造園はやっていないか」という問い合わせだった。

むろん造園会社ではない。「そのような業務は範囲外」と断ってきた。だが、顧客の側からすれば、建設業も造園業もたいした違いはない。使用する重機なども似たものに見える。むしろそのような問い合わせは隠れたニーズを暗示するのではと社内の一人が気づいた。実際にこれまでの問い合わせを累計すると決して少なくない件数であることもわかった。それからその会社は造園事業まで手を広げ、いつしか造園を中心業務とする会社に変わっていったという。

それに類する話は業界に山のようにある。

「キットカット」の逸話を知る方も多いであろう。その名称が「きっと勝つ」と語感が近いこともあって、受験の時期になぜか売上が伸びるのに気づき、そこから新しい商機を見出していった有名な話である。

一つの教訓がある。「この世界には不合理な顧客などというものは存在しない」がそれである。不合理と思うのは企業側の勝手であって、その知性の不活発を意味するにすぎない。ドラッカーの本を読むとその種の警句が山ほど出てくる。

実際に顧客はそれぞれの立場から合理的にものを見て、考えている。「変な客」が来たら、本当の客かもしれないとの意識を持つ。うちでは扱っていませんと一言で答えることをやめることである。きちんと外部を観察せよとのメッセージである。あるいは論理だけで考えるのではなく、違和感などの知覚を大切にせよというメッセージでもある。

変化には兆候がある。植物もある日突然花を咲かせるわけではない。花を咲かせる前に必ずささやかなつぼみをつける。予期せぬ成功は花のつぼみを丹念に見つける作業である。つぼみはどこからでてくるかわからない。つぼみかどうかも外観上わからない。

最近耳にするビジネスのワードを見れば、いかに当然のことかがわかる。不況が深化して、残業がなくなったビジネスマンは少なくない。ここのところ二一時あたり東京駅発の中央線に乗ると驚くほど空いている。

一〇年前ではありえなかったことだ。居酒屋チェーンにはそんな変化をとらえて夕方四時あたりから営業し、成果を上げるところも出ている。神田駅あたりでは午後の五時にして、居酒屋が意外に込み合っているのに驚かされる。これなどは変化をとらえた一例だ。

好調といわれる「女子会プラン」などもそうだ。かねてから女性のみの食事会はあったが、「女子会」というコンセプトを与えることで、飲食店などは商品が用意できるようになった。「一人カラオケ」もそうである。カラオケは複数で行うものというのは固定観念にすぎない。一人で来る客が少なくないのを逆手にとって事業化する。いずれも気づかなければそのまま通り過ぎるだけのものである。はじまりは「予期せぬ成功」であったはずだ。

ドラッカーの勧める観察とフィードバックは、素朴でささやかなものばかりである。「予期せぬ成功」を見るのはそのような日々の周囲の些事を見逃さず丹念にスキャンし、かつ意識してみることだ。そして、「想定外」をきちんと考え、意識すること、できれば記録し、共有することだ。これがもっとも成功しやすいイノベーションの方法という。

すでに起こった未来

未来学者と呼ばれた時代がドラッカーにはあった。予測が当たることが、その理由だった。

一時、ハーマン・カーンやダニエル・ベルなどの未来学者が一世を風靡した時代だった。だが、それに対して、彼は自身が未来学者ではないと断言していた。

冠を安んじて峻拒した理由には未来学に伴う疑念とともに、未来など誰にも分からないというごく当たり前の事実があった。

実際に未来など誰も分からない。現に、たとえ誰かが予測したことが起こったとしても、世の中では、誰も予測しなかったことで、はるかに重大なことがあまりに多く起こる。予測そのものにさして意味はない。

中世西洋の著名な占星術師の逸話がある。その占星術師は術の結果、自分自身の命日を予言しそれを大々的に世間に公表したという。時が流れ、やがて公言した命日が近づいてくる。本人はいたって健康で、いっこうに死ぬ気配はない。前日、そして当日になった。やはり死ぬ気配はない。彼は自らの予言が当たらなかったことを悟り、ひどく落胆した。結果、その日のうちに自ら命を断ったという。

ドラッカーは言う。「未来について言えることは、二つしかない。第一に未来は分からない、第二に未来は現在とは違う」

未来は分からないのだから、それを分かると公言する人は例外なくいんちきと見なしてよいということだ。同時に未来と現在が異なるものであるのも確かである。この「未来は分からない。けど、今とは違う」と知っただけで、未来に対する感覚は大いに研ぎ澄まされる。

未来を引き出すアリアドネの糸が二本ある。

一つは、すでに起こったことの帰結を見ることである。予測とは違う。観察対象はあくまでも「今・ここ」である。

同時に、今起こったことが未来に特定の事象として立ち現れるまでに一定のリードタイムがあるのが普通だ。もっとも典型的なのが、人口問題である。ドラッカーは何を語るに際しても、人口をものすごく重視している。なぜなら、人口予測はほかの予測と違って、ほぼ予見に近い。言い換えれば外れることがない。

今、新たな文脈で「団塊の世代」が脚光を浴びている。団塊の人々とはまず数が多く、自我意識が強い。生まれてから、青年期、中年、そして高齢にいたるそれぞれの過程で社会的に巨大なインパクトを持ってきた。

あの学生運動で暴れ回ったエネルギーは今も健在である。彼らが六〇歳を越え、定年を迎えて、おとなしく家で朝からお茶をたしなんでいるとは思えない。団塊の世代が定年後も一つの潮流を創造することはかねてから指摘されていたし、今そうなっている。これもまた人口問題の派生的現象である。

人口問題のいいところは、リードタイムが確実に読めるところである。幸いなことに、二〇歳の人に四〇年という年が経過すれば、たいてい六〇歳になってくれる。当たり前と言われるかもしれないが、これはすごいことである。

若い世代でも変わらない。ドラッカーは教育の持つ価値形成力も重視したのだが、学校時代にどんな時間を過ごしたかが、人の価値観や解釈に大きな影響を持つためである。

たとえば、小学校時代が戦争にかかっていたかどうかで、人の価値観というものは異なる。戦争が終わった後、直接体験しなかった世代を当時の戦前・戦中派がさっそく「アプレゲール」として取り扱ったのはその表れである。さしずめ今であれば、バブルを体験したかどうか、ゆとり教育の時代かどうか、今次の震災のとき何歳だったかなどが今後の数十年の世代的価値観の形成に大きな意味を持つことになるのだろう。

すでに起こったことを観察すれば、そのもたらす未来が見えてくる。そして、あらゆるものにリードタイムがある。ドラッカーはそれを「すでに起こった未来」と名づけた。

未来を知るには「すでに起こった未来」を使うことだと彼は言った。そのときに重要な留

意点がある。彼がいかなるときも強調する一つの訓辞なのだが、「保守的にいけ」というものがある。

保守的とはどういうことか。分かったものを使うことである。あるいはすでに習熟したものを使うことである。

一番いけないのは、何が起こりそうかを考えて行動してしまうことだ。どんなにもっともらしくとも、人に未来を知ることが許されない以上、いかさま博奕に賭けてはいけない。分からないものに賭けるのはどんなに見た目が高級なものであろうと本質は博奕以上のものではない。

かつてノーベル賞学者を何人を集めて創設されたヘッジファンドが「私たちは世界のあらゆるリスクに賢明に処することができる」と豪語したにもかかわらず、結局破滅した。かの天才ニュートンでさえ、チューリップの投機で大損している。

すでに分かったこと、すなわち起こったことを元に行動することは、天才の直観に勝るのだ。そのわかったことに自らの強みを合わせよという。

近年の生々しい事例としては原発事故がある。まだ全く収束していないながら、それなどはすでに起こった未来の典型であろう。

元東京大学総長の小宮山宏氏は日本を「課題先進国」と呼び、将来的には世界のトップリーダーとして豊かな成果を約束するとしている。

その心は、深刻な問題であるほどに、先に経験したものが有利ということである。原発が今後どのような経路をたどるのかまだ分からないものの、それに代わるエネルギー源が喫緊に手当てされるべきなのは子どもでも分かる理屈である。

これまでの中央集権的で、過度に技術官僚的な方法は成り立たない。ならば、供給源から配送にいたるまで、これまでとはまったく異なるアプローチが多数出現してくるはずだ。そしてそのなかでもっとも人間生活に資するものをわれわれが選択すればよいだけのことである。その意味で、新たなエネルギー源の活用によって、日本が次の世代のリーダーになりうるのはむしろ自然のことである。

現在中国などは新しい原発をさらに創設しようとしている。アジアにも似た国がいくつもある。日本の経験はいずれ世界の宝になる可能性が高い。

高齢社会も構造は全く同じである。なぜなら高齢社会は日本のみの現象ではない。外国の人口統計を見てみると、先進国で出生率の下がっていない国などしない。中国でさえも、いずれ人口の伸び率は急劇に鈍化する。

いざそのときがきたら各国は何を考えるか。先進事例がないか、そこから何か教えてもらえないかを血まなこになって探すに決まっている。そのとき日本は世界のお役に立てる可能性が高い。

小宮山氏の言う「課題先進国」とは、やがて「機会先進国」に転換しうる十分な可能性を秘めた概念と言える。

日本はすでに似た事例をいくつも経験している。というより、「すでに起こった未来」の活用は、日本のお家芸である。単にしばらくの間使う必要がなかったからたんすの奥にしまい込んでいたに過ぎない。一九五〇年代から六〇年代の高度成長期に、水俣病をはじめ深刻な公害が日本社会を深く傷つけた。その認識が法政治、経済などでの日本の環境意識を大きく伸長させた。今環境先進国と呼ばれるようになったのは、課題に早く直面したおかげだった。これもまた「すでに起こった未来」の応用例であったと言える。