「生」の言葉、「生」の現実
佐藤優『組織の掟』新潮新書
すでにご存じのように、組織には表もあり裏もある。表から見ればシンプルな組織も入ってみればシンプルとは言いがたい面が必ずあるものだ。
組織がなければ世の中が立ちゆかないのは知っている。諸刃であることも知っている。誰もが組織のおかげで仕事ができる一方で、組織のはらむ闇も知っているからだ。
外務省を事例に、組織についての機微にふれた考え方が展開されるのだが、どれ一つとっても明日から、いや今すぐ使えるものばかりなのがいい。
しかも、お題目的な教訓ではない。どれも生臭い世界といやというほど関わってきた人にしか見えない、組織の生の側面、いわば業のような部分から的確な考察がなされている。
たとえば、現在は個の力が発揮される時代だという。それもまた一面の真理である。だが、著者は「上司には決してさからうな」という。これは組織に関わるものの本音である。現実的に上司を敵に回すことでは得られるものより失うもののほうが大きいのは誰もが知っている。
こんな一つ一つの短い一文のなかに、本数冊分の知恵が凝縮されているように感じられる。そのこともあってか、目に触れる文章にありありと映像がついてくるような印象さえある。
人の顔が浮かぶ。聞き覚えのある発言が耳にこだまする。
なるほど、あれはこの意味だったんだと膝を打つ。
ほかにも、「問題人物からは遠ざかる」
「人間関係はキレイに泳げ」
「ヤバい仕事からはうまく逃げる」
「働きやすい環境は自分でつくる」
などなど――。
ある種の快い痛みを感じないだろうか。
なぜなら、いずれも、本当のことだからだ。皮膚に直接触れてくる生の言葉だからだと思う。
徹頭徹尾こんな感じの本だから、あたかも組織という生態系のなかで賢く生きる事典のようだ。自然の生態も同じだと思う。建前や理屈、あるいは理念とか道徳だけで生き延びていくのはかなり難しい。というかほとんど不可能であることを著者は骨身に染みて知り抜いている。
「鳩のごとく柔和に、蛇のごとく賢く」というように、組織という誰にとっても避けがたい環境を自分なりに生きて行くには、ある種の覚醒したしたたかさのようなものが必要なのだということを切実に実感させられる。そして、いずれもが即戦力になるたぐいの知恵である。
例としてあげられるものも、書き手自身が組織のなかで経験してきたものであり、わが目で見たものを語るリアルさや力強さもまた一つの魅力と言ってよいだろう。
だが、たぶんこれから新入社員として組織に入る人が読んでも、もしかすると今ひとつぴんとこないかもしれない。経験が凝縮された知識というものは、読み手に対しても一定の成熟を要求するものである。
組織に勤めて10年以上の経験を持つ方が読まれると、ひしひしと肌にすり込まれるような痛みを感じるに違いない。
この快い痛みをもたらしてくる読書は、けっして悪いものではない。少なくとも口当たりの良さしかないものよりはずっと深い学びに誘ってくれる。ほどほどに生々しくない心に根づくことがないからだ。