【書評】たやすく見えることほど難しい

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和田秀樹『焦らなくなる本』新講社
読んでいて、とても共感させられるところばかりだった。しかも、その多くは世間で語れられるポジティブ思考とはおおむね真逆になるのがおもしろい。

実はこの著者との付き合いは(もちろん一読者としての)かなり長いものとなる。

評者が高校生だった頃、画期的な受験本を何冊も出されていて、ちょっとしたフィーバーが起こっていた。それまでの受験成功法とは全く異なるものだった。以降精神医学者としての著書もそれなりに興味深く拝読してきたわけなのだが、はっきりいうと評者は本書が最も読んでいて楽しく、かつ身につまされるところが多かった。

「焦らない」――、たったこれだけのことが、次のような効果を生むという。

・自分が本当にやりたいことを見つけられる。
・周囲の状況に惑わされないで、冷静に自分の行動を決めることができる。
・信頼してくれる人が少しずつ増えていく。
・自分にとって大切なものと、そうでないものの区別がはっきりとつくようになる。
・人生の目標をどんなに遠くにでも置くことができるようになる。

近年、社会があらゆるものにスピードを求めるようになっている。焦ることを強いている。だが、冷静に考えてみると、焦って私たちは何を得ているのだろうか。

どうして、世の中はこんなに焦るようになってしまったのだろう。焦りは人から時間と判断力を奪う。

「オレオレ詐欺」などでは、まずは相手を焦らせて思考の自由を奪ってから、人を意のままに動かそうとする。

いうまでもなく著者は医師であるから、きわめて合理的であり、客観的であり、いわば科学的精神の貫徹した専門家である。しかも本務以外にも、著作や映画製作など多面的な活動で知られた著者である。

その著者が言う。焦ってうまくいくことはないと。かえって失うことが多いのだと。

「いつやるの?」・・・「今でしょ!」

みたいな一時流行したフレーズなどにも世相はよく表れている。あるいは、30歳になったからとか40歳になったからとかで、自分に年齢で過剰なプレッシャーをかけるのもしばしばある。

いずれも、そこから不安やいらいらなどが生まれ、結果として視野狭窄により、かえってとるべき選択肢が減り、適切な行動がとれないことになる。

こうした視野狭窄に伴う「焦りの心理」を日常生活の場面に置き換えて教えてくれる。対処法も明かしてくれる。ちょっとしたことである。そのちょっとした、たやすく見えるものが、とても難しいのだ。

焦らせるとは精神的に相手を黙らせることである。愛ある人は、相手を焦らせない。むしろ相手に考える時間を与える。まず話すように仕向ける。そしてしっかりと考え抜くことを推奨する。大切なことほど時間がかかるのをよく知っているからだ。

この本を読むと、焦らないということがいかに現代において難しいことかがわかる。同時に、焦らないことが、現代でしかるべき生産性を上げる上で、いかに身につけるべき姿勢たらざるをえないかもわかる。