ポール・サイモン

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ポール・サイモン『ライブ・ライミン』を聴きながら、今これを書いている。このアルバムを買ったのは20年以上も前のことだ。16から17になる歳の頃である。秋の日の肌寒い一日、僕は隣町に自転車を駆って、ひなびたCDショップで見つけた。

田舎のCD屋でサイモンのアルバムがそろっているところはめずらしかった。田んぼと畦道の先にはぽつんと樹が立ち、地獄みたいにどんよりした雲がすき間なく空を覆っていた。ところどころ赤みを差した寂しい夕暮れ時、自転車のペダルをひたすらに踏み続けた。今思うと、あのえもいわれぬ寂寥感は一体何だったのだろう。

一本一本の草も、吹きくる風も、流れる雲も、貧しい民家も、何を見ても悲しかった。僕の孤独をかき立てないものなど何もなかった。ただひたすら、あてどない愛を求める思いに胸を焼かれた。

僕はサイモンのアルバムとともに家に帰った。当時CDが普及するさなかで、僕が使っていたのは、パナソニックのCDラジカセだった。ビニールテープを解くのももどかしく、『ライブ・ライミン』をプラスチックのケースから取り出す。タイム・ワーナーのロゴが目に入る。そっと羊皮紙の聖書を革張りの箱から取り出すみたいに、金色に光るディスクをラジカセに入れる。

一曲目、「Me and Julio Down By the Schoolyard」。観客の息づかいが聞こえる。簡単なチューニングの後、サイモンの緊張感溢れるギターが会場に鋭い空気を作り出す。高低絶妙に混じり合ったカオス的ハーモニー、なんと美しいサウンドなのだろう。

僕はセントラルパークのヴァージョンも嫌いではない。ただし、このヴァージョンではラテンのような明るさが感じられない。呟くような寂寥感に満ちている。それこそが「サイモン節」である。暗い人間は暗く歌えばいい。僕もこの世を構成する一人の「暗い人間」として、サイモンの気持ちがわからないでもないのだ。

わずかな間隙の後「Homeward Bound」に移る。定番だ。しかしこのギターの張りつめ具合は何だろう。それでいて深い。ひっかいているのではない。しっかりピックがすべての弦をつかんでいる。調子がいいときのサイモンの声だ。スローになるタイミングも絶妙である。

「American Tune」。バッハの『マタイ受難曲』コラールを使った荘厳かつ哀切に満ちた旋律。裏切りと孤独を歌い上げた詩。この詩を最初に見たときは、心の動揺がとまらなかった。英語なのに直接胸に入ってくる。魂に飛び込んでくる。

フォルクローレになる。「El Condor Pasa」「Duncan」。か細いケーナの音。それはアンデスの谷いっぱいに響くやさしい繊維質の声だ。

やがて「Boxer」。『明日に架ける橋』に収められた曲である。こんな詩があるのかと驚いた。少年の歌である。希望を持てず成人し、世の中という挽き臼に機械的にすりつぶされていく人。それだけの人生。聴いているだけで、肌寒くなる。この「Boxer」にはオリジナルの詩が加えられている。この時を経た感慨が僕の心をやさしく慰撫してくれる。

 

「時がやさしく揺れながらぼくを包み込む。

ぼくは年を重ねるけど、いつも未来のぼくよりいくぶん若い。

ふつうといえばそれがふつうだね。

うん、ぜんぜん変じゃないさ。

ぼくはどんどん変わっていくのだけれど、

変われば変わるほど、ぼくはぼく自身になる。

変われば変わるほど、ぼくはやっぱりぼく自身なんだ」

 

「Say a few words」との観客からの声に、サイモンは答える。「Let’s hope that, let’s hope that we continue to live」(「まあ、生きつづける希望だけは持ちましょうよ」)。観客はこの訥々とした彼らしい返答に拍手を送る。

「生きつづけること」 。これほど美しく、かつ道徳的な言葉はないのではないか。

だれもが自らのアメリカを探している。だれもが、自らの故郷、そして向かうべき新たな土地を探している。

「僕らはメイフラワー号に乗ってやってきた。今僕らは月に航海している。そして今、何よりも不確かな時代を生きる、そこで僕たちはアメリカの歌を歌う」(「American Tune」)。

時間の流れはとどめるべくもない。あのとき、しがみついたものも、愛したものも、心から憎んだものも--。そして昔国境線の砂漠で行われた戦争のように、赤く錆びた戦車のキャタピラの間からは今では青い草がほそほそと生えだしている。

サイモンと共有した時間。もう戻らないけれど、夜中にふとあの思いがよみがえる。