すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる

湛山墓所
LINEで送る
Pocket

写真は石橋湛山の墓所(身延山)

人類の偉大なる産物は(略)無用なる読書、また無用なる思索の中から生まれたのであることを忘るべきでない。

先年私が慶応義塾長在任中、今日の同大学工学部が始めて藤原工業大学として創立せられ、私は一時その学長を兼任したことがある。時の学部長は工学博士谷村豊太郎氏であったが、識見ある同氏は、よく世間の実業家方面から申し出される、すぐ役に立つ人間を造ってもらいたいという註文に対し、すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ、と応酬して、同大学において基本的理論をしっかり教え込む方針を確立した。

すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる。(略)すぐに役に立たない本によって、今日まで人間の精神は養われ、人類の文化は進められて来たのである。

小泉信三『読書論』(岩波新書、1950年)