バスカヴィル的知性を持つ人は、相手が言っていることのみを聞いているのではない。何を言っていないかをも聞いている。正確に言えば、相手が本来言うべきなのに言わずにいることを聞き取ろうとする。
会話の行間に意識を集中する。相手の本音は、おおむね「聞きもしないのに言うこと」と、「言っていいことなのにあえてふれようとしないこと」の二つに表れる。「なぜこの情報がないのか、報道されないのか」という疑問を持ちながらニュースを見ている人は、バスカヴィル的知性の持ち主である。
別のところで、シャーロック・ホームズは「変装を見破ること、それが探偵としてまず持つべき資質」と言っている。見えているものの背後の見えざるものに思いを馳せる。意図的に隠されているもの、都合の悪いもの、神経症的に避けられているもの、直視が憚られるもの、そこに場合によっては、情報の操作、はかりごとの類が潜む可能性が高い。
上田惇生・井坂康志『ドラッカー入門 新版』