ボブ・ビュフォードの新著『ドラッカーと私』より。
「ドラッカーが訪日したときのエピソードがある。日本文化を深く理解したく思ったこともあり、数百年の歴史を持つ茶の湯という伝統の場に同席する機会を得た。古都京都でのことだった。
千家家元の茶室は一片の無駄もなく簡素で清浄だった。畳敷きはすべすべの丸石で装飾され、漆塗りに螺鈿が象嵌された茶具、その背後には千家家元が麗々しい着物を身にまとい、その場を仕切っている。
彼は家元の向かいに座し、一時間足らず静寂のうちに立てられる茶を見つめた。神秘そのものだった。一連の作法を終えて、ようやくうやうやしく茶を煎じ椀に注ぐ。三〇〇年前からの茶碗ということだった。それを彼は両手で受け取り嗜む。
磁器の椀を置き、家元は両手をついて挨拶をする。そして、代えを所望されますかと尋ねる。この問いはあくまでも儀礼であって、作法では丁寧に辞退すべきものだったとされるのだが、彼はそのことを知らなかった。
もう一杯いただけてしまうのかと思い、にこやかにお願いしますと言ってしまった。
家元はまた一時間をかけて同じ作法を繰り返すはめになってしまった。この話を彼はおかしそうにしてくれた」