「社会生態学」を語る

ワルシャワの街の落書き
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ワルシャワの街の落書き

社会生態学の方法論――現実を見るということ

 

 2006年2月

社会生態学者の作法

井坂  ドラッカーの生涯を特徴付けるものとして、その活動領域の多様性がある。しかも、それぞれの領域において桁外れの業績を挙げている。初めにドラッカーという人物の自己規定を伺いたい。

上田  ドラッカーは自分のことを社会生態学者と呼んだ。少なくとも経済学者と自己規定したことはなかった。

科学が事物を因果の連鎖で捉え要素に分解するのと対照的に、生態学者は生命体を見るように全体から事物を把握する。本来生態学とは、見ることを指す。自然生態学者は南米のジャングルに行ってこの木はこう生えるべきとはいわない。社会生態学者も社会をこうあるべきとはいわない。あくまでも見ることが基本である。それだけではない。社会生態学者は変化を見つける。その変化が、物事の意味を変える本当の変化かどうかを見極める。そしてその変化を、機会に変える道を見つける。

社会生態学という言葉も、知識社会、知識労働と同じように彼の造語である。日本では戦後の企業経営に与えた影響があまりに大きいため、経営学者としてのドラッカーが有名だが、彼の本質はこの社会生態学者であるところにある。社会生態学者だからこそ、生きた存在としての組織、社会的機能としてのマネジメントがよく見える。

 

事実と現実の違い

井坂  では、社会生態学者が観察する対象とは何か。それは社会や人間にとっての現実だと思う。だが、彼にとっての現実とは何か。

問題は、彼がなぜ「見解からスタートせよ」といい、「事実からスタートせよ」といわなかったかである。事実と現実とは、ほぼ大差のない言葉として使われる。だが、彼の思考では、明らかに事実と現実が峻別して用いられている。両者の区別が彼の思考システムを理解するうえでの鍵となる。

事実とはそれ自体意味も訴求力も持たない。それはただ存在しているだけである。あるいは生起したというだけである。事実は、解釈され、意味を獲得することで初めて現実としての力を持つ。ここでドラッカーの思考様式に一定の補助線を引く目的で、事実と現実の差異を明らかにしておきたい。

雨が降るというのは事実である。それ自体は自然現象であり、単に雲から無数の水滴が落ちるというだけである。しかし、それは見る人によってまったく異なる現実を作り出す。屋外で労働している人と、家の中でくつろぐ人、それぞれに雨の持つ現実は異なる。雨音さえも同じようには聞こえない。乾燥する季節に降る雨は恵みである。梅雨や台風の時期の雨はうんざりである。漱石の小説に、雨の日には来客を拒絶する紳士の話が出てくる。彼にとって雨の日は亡くした子供を思い出させた。

これが社会や人に関わるとさらに複雑になる。いかなる名曲であっても、スコアそれ自体は何のメロディも奏でない。指揮者とオーケストラの合奏を待って、初めて旋律として人に感動を与える。貨幣とは紙や鉱物に過ぎないが、人間にとっては価値の媒介手段であり、これほど現実的なものはない。事実とはいわばテクストであり、一方で現実はそれを具体的に意味あるものとするコンテクストである。

 

あらゆる見解は「検証されざる仮説」

上田  では、私も現実と事実を分けて考えてみよう。

ドラッカーは無人の森で木が倒れても音はしないという。音波が発生しただけである。これが彼のコミュニケーション論の基本である。彼は意思決定の際に、「見解からスタートせよ」と説く。会議の席ではさまざまな見解が噴出するのが常であり、それが自然の状態である。しかし、ここで認識すべきは、見解とは事実ではないということだ。まだ事実としての客観性を持たない仮説に過ぎない。見解の基礎となっている現実とは、そのときにその人に見えるものに過ぎない。それぞれの人の経験や知識、知覚によってその現実は成立する。

思考方法や思考内容についても、人には個性、習性、癖がある。それぞれの経験がある。同じ対象物であっても、人によって見え方はまったく違う。同じ車窓から眺める景色も、見る人によってすべて異なる見え方をする。見え方が違うということは、人はそれぞれ異なる現実を持つことを意味する。現実とは、ありのままの事実ではなく、個々人の経験、価値観、嗜好によって意味づけられた主観の産物である。

読書や会話を通じて、人は日常的にさまざまな情報に触れる。しかし、現実のものとして受け入れるのは、すでにある経験、価値観や嗜好と合致するものである。事実そのものを直接つかみとるというよりは、自らが好み、理解できるもののみを現実として受け入れる。そのため、人によって異なる見解が形成されることになる。

井坂  その点について、『経営者の条件』でドラッカーはこう述べている。

「何事についても、選択肢すべてについて検討を加えないならば、視野は閉ざされたままとなる。成果をあげるエグゼクティブが、意思決定の教科書に出てくるような原則を無視して、意見の一致ではなく、意見の不一致や相違を生み出そうとするのは、このためである。」

上田  意見、つまり見解とは、人が見た現実をもとに紡ぎ出され、形成されるものである。現実が多様であるほど、したがって見解が多様であるほど、意思決定はよく行いうる。人は自らの現実しか把握できない。その認識能力はきわめて限定されたものである。このことは言い換えれば、人間が持つにいたった現実とは、それがいかに説得的に響こうとも、検証されざる仮説に過ぎないということである。

ここでのドラッカーのメッセージは、一個の人間が持つ見解とは仮説に過ぎず、知られていないことのほうが無数にあるという点にある。そしてそのことを認識せよという点にある。

すべてを知ることが不可能であり、かつそれぞれが自らの持つ現実に縛られた存在であるならば、選択肢は多ければ多いほどがよい。したがって見解の不一致は自らの見ていない現実を見る好機となる。さらには、事実を知る契機ともなる。

 

スローンの意思決定

井坂  よく知られた話がある。GM(ゼネラル・モーターズ)のCEOアルフレッド・スローンの意思決定に関する逸話である。

「スローンは、GMの最高レベルの会議では、『それではこの決定に関しては、意見が完全に一致していると了解してよろしいか』と聞き、出席者全員がうなずくときには、『それでは、この問題について、異なる見解を引き出し、この決定がいかなる意味をもつかについて、もっと理解するための時間が必要と思われるので、検討を次回まで延期することを提案したい』といったそうである。」(『経営者の条件』)

事実スローンは全会一致を極度に警戒し、危険なものと見なした。対立意見が一つも出ない場面では、無条件に意思決定を一週間ずらしたという。これは何を意味するのだろうか。

上田  よい意思決定と満場一致は原理的に相反するということである。逆にいえば、限りある存在としての人間の能力では最善の意思決定、これが唯一という意思決定は行いえないとする信条の表れでもある。それは、人間の認識能力は完全ではありえず、誤りやすいゆえに、ともすれば事実に反する都合のよい現実からスタートしてしまうということである。

人はそれぞれ相異なる現実を持つために、予定調和的な美を期待することは不可能である。絶えず摩擦と対立が生ずる。加えてエントロピーの法則による劣化、陳腐化が進行する。これこそが社会をめぐる事実である。ドラッカーが探し求めたものとは、不滅の真理ではなかった。不完全な人間社会で相対的に機能する意思決定にほかならなかった。

「見解からスタートせよ」とはそのための手法である。なぜなら、相反する意見の衝突、異なる視点の対話、異なる判断からの選択があって、初めて検討すべき選択肢が提示され、相対的に信頼できる決定を行う条件が整うからである。そうしてはじめて、そもそもが仮説に過ぎないということを認識しうるからである。ここから、意見の不一致が存在しないときには、意思決定を行うべきではないという手法も導き出されることになる。

実際、いかなる組織にあっても満場一致で意思決定がなされるならば、それは異常と見なしてさしつかえない。事実とは常に多様な角度からの検討を要するものだ。

誰もが一つの現実しか見ていないということは、見られることのない多くの事実が存在していることを意味する。

 

『新しい現実』はなぜ書かれたか

井坂  みなが同じ見解を表明するならば、何かが病み歪んでいると考えてよい。会社であれば、個が抑圧され意見が出しづらい環境なのかもしれないし、経営者の取り巻きが幅を利かせているだけなのかもしれない。国家においても同様である。旧ソ連では国民の90%以上が投票で同一の党幹部を支持していた。

上田  考えてみれば選択肢のないところに意思決定の必要性はない。リスクなきところに意思決定など不要である。しかし、リスクなき人間社会など存在しない。だからこそ意思決定とは個々人が異なる現実を見るという、まさにその現実からスタートしなければならないものなのだ。初めから調和的で美しいものには必ず嘘がある。

井坂  さらにいうならば、事実とは過去から現在を示すものであるのに対し、現実とは現在から未来を照射するものである。現実とは人間の期待や価値観をも含む。合理的なものであるはずがない。

ドラッカーは1989年に、自らの観察をもとに『新しい現実(New Realities)』を刊行した。彼はソ連崩壊を予告したこの書のなかで、カリスマ支配の脆弱性に触れ、次のような考えを表出している。

「現実が主人である。カリスマの公約、プログラム、思想に対し現実のほうが膝を屈することはない」(『新しい現実』)

ドラッカーが現実にこだわり続けた理由をここに見ることができる。実際の世界では、現実が主人であって事実がそれについていく。同時に、ドラッカー自身、現実によって形成された世界のさらに先の新しい現実を読み解くことによって、変化を先取りした。

だが、現実からスタートするとは、決して当たり前の手法ではない。むしろ、これまでのモダンの世界では現実とは事実の従者とされていた。

モダンつまり近代合理主義は、物事の因果律、原因と結果を重んじた。17世紀のデカルト流一元主義以来、極端なまでに重視されたのが、客観的事実の探究であった。そこでは、理性の働きに信頼した分析中心の体系的大伽藍が構築された。科学的精密性が最高度に優先され、部分は全体の総和に等しいとの信念が一般化し、市民生活にまで浸透していった。そこでは、人間の価値観や経験による現実とは、真理の探究を妨げる雑音に過ぎないとされた。

これがモダンの時代だった。

 

されどモダンは死なず

上田  モダンの手法は自然哲学から経済社会にまで拡張されていった。科学としての経済学の申し子たるマルクスにいたっては、物質的基礎を持つ生産諸力こそが他のあらゆる要素を規定するとした。マルクスは自らの見た現実を事実と取り違えた。マルクスのみならず、フロイト、ケインズも同様だった。

彼らはポストモダンの現実まで見たにもかかわらず、モダンの方法論にとらわれて論理と経験の体系化を目指し、結果的には一つのねじが緩むだけで全体が崩壊しかねない「科学体系」を構築した。

このモダンの流れは現在においてもいまだ権勢を揮っている。マルクスを批判しその対抗関係において一時期存在価値を有するにいたった近代経済学にいたっては、科学的客観的事実の追求に躍起になるあまり、経済に強いインパクトを与える技術や心理といった現実としての要素を外生変数としてしか扱わずに来た。経済学者には経済は少なくとも半分しか見えていない。

ここにドラッカーが絶対に自分は経済学者ではないとする根拠がある。だが、彼はミクロ経済学において最大の貢献を行った。何ごとにせよ金は関係ないという考えがある。ドラッカーは違う。あらゆるものに必ず経済的な側面があるという。しかし、あらゆるものに経済という部分があるというのと、経済が世界の中心にあるというのとでは、本質的な違いがある。少なくとも、ドラッカーは後者の考え方を断固退ける。

景気の上昇とは貨幣の好循環を意味する。これはドラッカーも認める。景気がよいということは貨幣が循環するということである。そこで財政政策と金融政策が発動される。むろん、これにも意味がある。しかしそれだけでは意味はない。貨幣の回転率を乗じなければならない。この貨幣の回転率を決定する要因は、経済それ自体ではない。消費者マインド、経営者マインド、つまり心理の世界に属する。いくら貨幣を注入したところで、経営者や消費者が死蔵させたら何の意味もない。反対に注入するほどに回転率は下がる。これが90年代の日本で起こったデフレの現実だった。

だから、ドラッカーは経済を独立したものとして考えることは間違いだとする。彼が自らを経済学者でないとする理由である。

これらのものの見方の背後には、現実をどう見るかという方法論がある。事実とはそれ自体何ら意味を持ちえないものである。さらには、確定された事実とはその時点ですでに過去に属する。

したがってわれわれは現実をさまざまな角度から検討しなければならない。ドラッカーが知覚と分析を組み合わせるのは、仮説的な現実のなかから相対的に信頼できるものを選択するためである。現実の世界では、因果関係のみで把握できるものなどほとんど存在しない。

現実とは経済学者が頭の中で推論するモデルをはるかに上回る複雑さである。このことは、現実は、あらゆる物事は合理的であり、かつ人間の理性で把握可能とする近代合理主義の手法では扱いえないことを意味する。

加えて、世界が村になった今日では、現実どころか事実さえあまりに複雑である。すでに複雑系の科学がバタフライ効果として証明しているとおりである。

モダンとポストモダン

  モダン(事実) ポストモダン(現実)
 

 

 

 

17~20世紀モダン

デカルト、ルソー、マルクス、フロイト

フランス啓蒙主義、共産主義

過去、現在

機械

因果関係

分析

科学

静態的

アセスメント(計画・予測)

部分・要素

20世紀~ポストモダン

ハミルトン、バーク、トクヴィル、渋沢栄一、バジョット

正統保守主義、フェデラリズム

現在、未来

生命体

相関関係

知覚

生態学

動態的

モニタリング(観察)

全体・形態

 

 

 

「見る」様式への回帰――あらゆるものはあらゆるものに関係する

井坂  株価は人間の心理や期待で動く、現実の典型例である。あの精緻をきわめた近代経済学さえ、明日の株価を合理的に予測することなどできたためしはない。かつて株価は合理的市場仮説によって説明可能とされていた。

合理的市場仮説は、株価は将来利益の現在価値に等しいとする。しかし、現実の株価は、この理論株価よりもはるかにボラティリティが高く、人知を超えた乱高下を行う。

まして、現在のようにバーチャルな世界市場で先進国の国家予算規模の資金が瞬時にやりとりされる状況にあっては、そもそも人為的な制御など不可能である。むしろ、市場の裁定には限度があり、投資家は必ずしも経済合理的には行動しないことが研究対象とされるようになっている。

上田  これからはモダンを超えた手法が必要となる。社会生態学である。社会生態学は、分析と観察を旨とする。そこでは観察が主であって、分析は従である。社会生態学は、分析や理論、要素への還元にとらわれない。数字にもとらわれない。

現実の世界では、因果関係よりも相関関係によって物事は変化する。経済社会の枠組みは変転してやまず、その原因把握は人間の認識能力を超えている。

ドラッカーは若いときから分析力に長けていたにもかかわらず組織を通じて成果を挙げるには、森羅万象あらゆるものを、全体として見る能力が必要だという。理論だけではいけない。理論は相対的に最も太い線をとらえて抽象するに過ぎない。多くのものを捨象する。とくに現代の世の中には捨象してよいものなど存在しない。

だから見ることが大事となる。この方法論が社会生態学である。

社会生態学は、総体としての形態を扱う。だから全体を見る。全体は、部分の総和よりも大きくないかもしれない。しかし、部分の集合ではない。そこでいいうるのは、「あらゆるものはあらゆるものに関係する」ということのみである。これがドラッカーのいうポストモダンの基本的な考え方である。南米の蝶の羽ばたきがシカゴに雨を降らしうるというバタフライ効果である。

少なくとも、ドラッカーの思考法は、物事を合理的に解明できると信じたモダンとは根本的に異なる。ドラッカーのポストモダンの思考法では、見ることを基本とする。そこで得られた現実から時々刻々に信頼できる事実を導こうとする。

 

ポストモダン――21世紀の射程

井坂  ポストモダンという用語をドラッカー的に解釈するとどのようなものか。

上田  歴史的な概念である。そして文明に関わる概念である。

真理を究めることはできると考えた幾何学者がいた。デカルトである。確実なる拠点を得るならば、次の真理を明らかにできる。さらに次の真理を明らかにできる。宇宙のすべて、やがては神の存在まで論理的に証明できるとした。神の存在を持ち出せば許されたからかもしれない。

真理が一つ与えられれば、そこからすべてを解き明かせると考えた点にモダンの特徴がある。因果関係はすべて人間の理性を通して明らかになるという思想だ。だが、間違った思想だ。因果関係でわかるものなど限られている。

見て考えているだけでは、幻かもしれないし、悪魔からのものもかもしれない。しかし、考えている私がいること、それ自体は間違いない。「われ思う、ゆえにわれあり」というデカルトの命題がこれだ。彼がモダンを作り上げ、その後の進歩をもたらし、やがて袋小路に入った。

すべてを因果の連鎖でとらえることなどできない。日々の人間活動を見ればわかることだ。全体を把握しなければビジネスをはじめとしたいかなる活動も遂行できない。壮大な青写真をあらかじめ描くことは失敗にいたる第一歩である。ソ連における計画経済の失敗がこのことを裏書きしている。だから小さくシンプルにスタートせよ、とのドラッカーの助言が現実的となる。それがポストモダンの思考方法だ。つまり形態で見るということだ。環境、途上国、教育などすべて21世紀の問題は、ポストモダンの方法を要求している。

社会生態学者としてのドラッカーに最も大きな影響を与えたのはゲーテではないかと思う。たとえば『ファウスト』だ。この作品はゲーテがほぼ生涯をかけて書き上げた傑作として知られる。

ファウスト博士にとって森羅万象知らざるものはない。だから世の中がつまらない。感激の種がない。そんなファウストに対し、「刻(とき)よとまれ」といわせるほどに美しいものを見せてやろうと名乗り出たのが悪魔メフィストフェレスだった。ファウストはこの言葉を口にしたときには、魂を差し出すと契約する。

劇のクライマックスの直前、舞台には塔が立っている。その上に物見の役がいる。あちらで何かが起こっている、何かが攻めてくる、何か異変がある。状況を見て、人に知らせる。物見の役リュンケウスである。ドラッカーは自分が現代のリュンケウスであるという。

リュンケウスが自己紹介をする。「Born to see、 meant to look。」――見るために生まれ、物見の役を仰せつけられ、という。物見の役は、見て、変化を知らせる。それがドラッカーである。人為の世界を、見て、知らせる体系が社会生態学である。社会生態学の役割は変化を見つける。その変化が本物かどうかを見る。

井坂  社会生態学とはいわば見る様式といえる。ドラッカー自身の思考様式は、いわば西洋のリベラルアーツの系譜を丹念に押さえたものといえる。『ファウスト』には次のような台詞が出てくるが、ドラッカーの見る様式に通じる。

「この忙がわしく飛び交う飛翔の中から、七色に浮かび出ている静かな虹の美しさ。或は鮮かに描かれ、或は朧ろにかすんで、まわりに香ばしく涼しい狭霧を散らせる。虹こそは人間の努力を映す鏡だ。あれに思いをいたせば、もっとよく分るであろう。人生は、彩られた映像としてだけ掴めるのだ」(ゲーテ『ファウスト』第二部)

 

見えないものを見、そして行動する

上田  さらに、見る様式について付言しておきたい。

ドラッカーには、マネジメントの父、現代最大の哲人という捉えられ方がある。もう一つ、技術と文明の権威としての側面がある。アメリカ技術史学会の会長を務めていたことがある。彼にとってなぜ技術が重要だったのか。それは、「技術が文明をつくる」からである。ダーウィンの頃、ダーウィンとは別に進化論を唱えたラッセル・ウォーレスの言葉に、「あらゆる動物のなかで人間だけが意識して進化する」というものがある。ドラッカーはこの言葉をよく引用する。すなわち、人間だけが道具をつくる。道具、技術、知識の力によって人間は進化することができる。これができる唯一の動物が人間である。生活、文明を自らつくるのが人間である。ここから、技術と文明の問題にドラッカーは関心を持つにいたった。

ドラッカーのものの見方は深遠である。宇宙には秩序が存在するはずであるとする。秩序とは、形であって、知覚すべきものである。われわれにわかっているものはごくわずかである。大事なことは見えないものばかりである。

ドラッカーはメンデレーエフの周期律の凄さは、目に見えないことを見つけたことよりも、見えなかったものから見えるものの位置を明らかにしたことにあるといっている。

イノベーションも見えないものを見るための方法論である。そこからさらに進んで、見えるものの位置までわかってくる。そしてそれらのものは、物事が変化しているときに見えてくる。実際、現代社会の巨大な変化のほとんどは、彼が最初に見つけたといってよい。日本は経済大国になると世界に向かって最初にいったのは彼だった。日本人ですら信じなかった。ソ連の崩壊を予言したのも彼だった。これはベルリンの壁崩壊の2年前だった。

今、ようやく現実感が持たれはじめた高齢社会もそうだった。はじめて『見えざる革命』の原稿に接したとき、共訳者とともに高齢化社会に関する本と論文をすべて読んだ。一流のライブラリアンに調べてもらい、60点くらい読んだ。しかし、高齢者の医療、年金、住宅、趣味を扱う文献はたくさんあったが、高齢化社会がどのような社会になり、経済になり、政治になるかについてのものは一つもなかった。したがって、あの本が高齢化社会自体について書かれた世界ではじめてのものだったことは断言できる。

高齢化社会の到来は人口統計を見れば誰でもわかることだ。ドラッカーだけではない。今年何人生まれたかによって、18年後の人口はわかってしまう。にもかかわらず、経済学者も社会学者も、高齢化社会の問題を考えていなかった。ドラッカーの高齢化社会論が目立つことのほうがおかしいほどだ。

ドラッカーのすごいところはすべて当たり前のことばかりだというところにある。通念になっていること、政治家のいうこと、新聞に出ていることとが自分の感覚と違うことはたくさんある。そのとき、「あなたのほうが正しい」といってくれるのがドラッカーだ。

こうしてドラッカーは、明日への行動の刺激を与えてくれる。ドラッカーは人の頭を刺激してくれると最初に言ったのは、今から65年前、処女作『「経済人」の終わり』の書評を書いたウィンストン・チャーチルだった。