ドラッカーの話法--マーケティング的発想

ヴィスワ
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ヴィスワ
ドラッカーの話法--マーケティング的発想

 

「マーケティングの理想は、販売活動を不要にすることである」。
ドラッカーにこんな一節がある。 
顧客創造の本質を語る至言としてよい。
では、顧客に対するとき最も大切なのは何だろうか。 
目線がそれである。 
ドラッカーは見る人だった。目がドラッカーにとっての中心的な器官だった。ドラッカーは観察を自らのレゾン・デートル(存在理由)としたのは、そのためだった。たとえば―。
・観察することが、顧客の期待や望むものを探る第一歩である。
・観察を意識的に行うことで、対話にとってふさわしい素材も手に入れられるようになる。相手の現実を知ることができるからである。
・相手の目に映っているものを観察することが、コミュニケーションの源となる。それ以外にはない。
先ほどの引用「マーケティングの理想は、販売活動を不要にすることである」はまさに「目線を合わせる」ことによって可能になる。顧客と目線が一つに融合してしまえば、売り込む必要がない。水が上から下に流れるように、ごく自然に顧客は製品やサービスを受け入れてくれるようになる。
このようなドラッカーの観察法はとてもパワフルなものであるが、基本にある考え方はシンプルなものばかりである。重視する姿勢は二つある。
一つ、「観察はひとつの仕事なのだ」と知ることである。現実に観察は立派な仕事である。プロの仕事である。
大方の予想に反して、観察は簡単な仕事ではない。それというのも、人は見たつもりになっていることがあまりに多い。あなたは毎日使っている愛用品、たとえば時計やボールペン、ネクタイピンをじっくり見たことがあるだろうか。1分以上見続けたことがあるだろうか。どのような特徴があり、どのような形状をしているか理解し、言葉にできるだろうか。
一度、心を空にして、いっさい口を利かずに、自分がいつも使っているマグカップを1分間見つめてみてほしい。どんな模様をしているか、どんなしみがついているか、取っ手の角度はどうなっているか……。
いかに何も見ていなかったかを知ることになるはずである。目はいわば脳の出張所である。
まずはしっかりと観察することがひとつの仕事なのだということを意識することは、必要最低条件と考えてよい。
ドラッカーが重視する二つ目の姿勢は、アウトサイドの目線をもちながら、インサイドに入っていくことである。ドラッカーはそのことを「アウトサイド・イン」すなわち、外部にいながら内側に入っていって見る能力と呼んだ。作家の村上春樹は、このことを「他人の靴に足を入れてみること」と表現している。
「アウトサイド・イン」は、緊張を伴いながらも、質の高い観察を生む。質の高い観察は質の高いコミュニケーションの源となる。
ドラッカーは数度来日して、実業人の会合で講演している。
私は主催した方の話を聞いたことがあるが、次のような事前要請を受けたという。
・会合に出席する方々の人数、属性、関心領域などを詳細に教えてほしい。
・彼らが何を求めて自分の話を聞きにやってくるのか、わかるだけ教えてほしい。
・参加する企業の情報を教えてほしい。
顧客満足のためには、観察の前段階として聞き手の目線についての事前情報を可能な限り集めることを心がけること、それが観察のための基本行動である。
良質な事前調査は、現場でのさらなる観察の精度を高めてくれる。
ケーブルテレビ会社の経営者ボブ・ビュフォードは年に数度ドラッカーの自宅で経営相談に乗ってもらった経験を語っている。ドラッカーから事前に与えられた課題は次のようなものだった。
・自社の状況
・問題
・機会
・これから望むもの
いくら長くても構わないので、細大漏らさず書き、一週間以上前に郵送するようにとの指示だった。事前の正確な情報なくしてはせっかくの観察力も高いパフォーマンスは期待できない。
ドラッカーの観察の基本を一言で言えば、「聞き手の目線がどこにあるかを探ることからしか何もはじまらない」ということである。そのためには、聞いてくれる人たちが何に関心をもっているか、何を期待しているかを事前に知っておく必要があった。
これは文字どおり、自分に関係のある人の「心のストライクゾーン」を見極める技術である。ドラッカーの盟友セブン&アイの名誉会長・伊藤雅俊氏が教えてくれた方法がある。
方法は簡単である。伊藤氏は何かの会合があると、その前に出席者を徹底的に調べるという。たとえば――。
・その方は今何歳か。
・どんな青年時代を過ごしてきたか。
・その方の青年時代はどんな時代だったか。
・何に関心があって、これまでどんな活動をしてきたか。
一つ注意点がある。心のストライクゾーンを見定めるには、必ず複数のさまざまなカテゴリーから調べるようにすることである。特に着目に値するのは、その方が若いころの時代背景である。流行歌、流行語、ベストセラー、学生時代の友人、会社の同僚……。 
物理学者のアインシュタインは、人間の思想は17歳のときに偶然手にした偏見の副産物であると述べている。若いころにフォーカスして情報を眺めると、その方の実像がよく見えてくることが多い。
それともう一つ。ドラッカーによる対話の基本は、顧客の目線を知るために、実際に出向いていって聞いてみることである。一つエピソードがある。
先のビュフォードは、巨大教会の設立者として著名な、ハイベルズ師に話を聞いたときのことを次のように回想している。
「最初に行ったことが、一軒一軒をノックして回ることだった。数か月の間、週6日、日に8時間、痛む手でドアをノックし続け、たった一つの問いを投げかけた。
『教会にはいっていらっしゃいますか?』」。
答えが「イエス」なら、お礼を言って次の扉をノックする。
「ノー」なら、重ねて聞く。「おそれ入りますが、いかない理由を伺ってもよろしいでしょうか?」。大半の答えが「ノー」だったのにさほどの想像力は要しない。
うち7割ほどは、教会への苦言を口にしたという。ハイベルズ師は彼らの反応を整理してみた。二つのことが浮かび上がった。
第一が、何かというと献金を要求されることだった。そして第二が、何から何まで退屈で、何もかもが一緒、「自分に関わりのあるものがまったく見当たらない」ことだった。  ハイベルズはこの苦言を糧に新しい教会を造っていくのだが、まさにドラッカーの言うマーケティングのお手本とも言うべき行動である。
そのためには、自ら外に出ていき、話を聞く。たったこれだけのことが、教会にいかなかった多くの人たちの集うメガチャーチを大成に導いたのである。