「勇気を持ってサボる」(安冨歩)

満州
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満州

 

私は大学を卒業して住友銀行(現三井住友銀行)に入りました。その少し前にプラザ合意があって、円高がはじまります。日銀が市場を大量に供給しましたので、余ったお金を土地融資・投資などに突っ込んでいくようになったのです。まさにバブルが膨らんでいく時期でした。銀行という銀行が「金を貸せ」と銀行員を叱咤激励しました。

銀行の教科書には、土地が急激に値上がりする局面では担保価値を慎重に見積もれ、とあります。急に上がったものは急に下がりますから、リスクを回避しろというわけです。道理ですね。

ところがこのときの各銀行は地価の上昇速度を上廻る勢いで、評価額を上げていきました。元々は評価額が実勢よりかなり低かったのですが、それを、急上昇する実勢に近づけたのです。そうやって引き上げた評価額に従って、貸出を大胆に行ったのです。それでどうなったかというと、仕事量が増えるのです。真っ当な融資案件でしたら簡単な書類数枚書いて済むものが、怪しい案件にお金を貸すとなると山のような書類を書いて各部門から認めてもらう根回しや交渉が必要になります。かくして貸出額以上に、仕事量が増えました。

過労で次々に人が死にました。でもそうやって猛烈に働いたおかげで、銀行の融資額はうなぎのぼりです。

そのころ、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に立派な支店長がおられました。上からのプレッシャーにノルマ、どんどん不動産融資をしろという命令が来ているときに、行員たちに「普段通りやりなさい」とおっしゃったのです。

ほかの支店がみんな徹夜で仕事をしているのに、その支店だけは五時帰り。当然数字は上がりませんから上層部はおもしろくない。彼は二年ほどで出向させられました。左遷です。

やがてバブルが崩壊しました。

バブル全盛期の二年半、多くの銀行員が文字どおり死ぬほど働いて「がんばった」支店ほど焦げ付き、膨大な赤字を出しました。逆にこの支店は焦げ付きがほとんどなく、通常の黒字成績を出したのです。

つまり、サボればサボるほど、損害は少なくなったのです。

本来はこのとき、この本質を見失わなかった支店長さんに戻ってきてもらって、頭取にでもすべきでした。しかしそのまま、膨大な赤字を出した経営陣が居座りました。

私は銀行員二年目に、この狂躁曲に疲れて一年上の先輩に問いました。

「こんなメチャクチャなことやってて、どうなっちゃうんでしょうね」

「そりゃ住宅ローンの保証会社なんかが全部潰れるだろ」

と彼は予言しました。一人一人はきちんとわかっていたのです。

でも暴走しました。暴走の後始末もしませんでした。

満洲事変から太平洋戦争への流れと同じです。

 

この例のように、「何か変だな?」ということが起き始めたとき、立場主義的な「しかし立場上しょうがない」モードでがんばると、例の悪循環、ポジティブ・フィードバック・ループを廻すことに加担してしまうのです。

だから「変だな」と感じたら、「そんなはずはない」と歯を食いしばってはいけないのです。その状態が続くなら、

「変だな」→「苦しいな」→「しんどいな」→寝こむ→病気になる→倒れる

というのが、むしろ正しい態度なのです。もちろん、寝こんだり病気になるよりは、

「勇気をもってサボる」

このほうがずっと立派です。皆がそうやってサボったり倒れたりすると、システムは動かなくなります。そして暴走は止まるのです。

バブル時代に一生懸命働いて一〇億円貸した銀行員は、銀行に一〇億円の損害を与えました。しかし、もしその銀行員が、倒れたりサボったりしていれば、銀行は一〇億円助かったのです。そうであれば銀行は、一生懸命働いた銀行員を左遷し、サボった銀行員にボーナスを出して昇進させるのが合理的というものです。

 

じゃあその「変だな」をどうやって決めればいいのか。

これはもう、それぞれの人がどう感じるかにかかっています。そして感じたことをどう表現するか。ここに暴走を止める重要な鍵があります。