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	<title>文明とマネジメント研究所 &#187; マネジメント文明とマネジメント研究所</title>
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	<description>文明とマネジメント研究所公式ページです。</description>
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		<title>『ドラッカー×社会学－コロナ後の知識社会へ』刊行！</title>
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		<pubDate>Thu, 27 May 2021 23:42:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[『ドラッカー×社会学　コロナ後の知識社会へ』公人の友社 ドラッカーの知識社会論・社会生態学・マネジメントと社会学的思考の重なりを見出す対話から、新たな認識と活動の地平をひらく。コロナ禍の困難のもと、歴史的叡智を有効な資源 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/867fff791e4822992561b5bc3f2eddd8.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2734" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/867fff791e4822992561b5bc3f2eddd8.jpg?resize=204%2C300" alt="書影" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%C3%97%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%BE%8C%E3%81%AE%E7%9F%A5%E8%AD%98%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%B8-%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4875558635/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&amp;dchild=1&amp;keywords=%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97&amp;qid=1622158810&amp;sr=8-1">『ドラッカー×社会学　コロナ後の知識社会へ』公人の友社</a></p>
<p>ドラッカーの知識社会論・社会生態学・マネジメントと社会学的思考の重なりを見出す対話から、新たな認識と活動の地平をひらく。コロナ禍の困難のもと、歴史的叡智を有効な資源としてビジネスにも学問研究にも活用するノウハウ満載の、したたかな旅への必携書。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>執筆者紹介</p>
<p>井坂康志（いさか・やすし）</p>
<p>メディア・プロデューサー、ものつくり大学特別客員教授。1972年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士（商学）。著書に『ドラッカー入門　新版』ダイヤモンド社（共著）、『Ｐ・Ｆ・ドラッカー―――マネジメント思想の源流と展望』文眞堂（経営学史学会奨励賞受賞）、翻訳書に『ドラッカーと私』ＮＴＴ出版などがある。</p>
<p>多田　治（ただ・おさむ）</p>
<p>一橋大学大学院社会学研究科教授。1970年大阪府生まれ。琉球大学法文学部助教授を経て現職。早稲田大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士（文学）。著書に『沖縄イメージの誕生』東洋経済新報社、『沖縄イメージを旅する』中公新書ラクレ、『社会学理論のエッセンス』学文社、『社会学理論のプラクティス』くんぷる、『いま、「水俣」を伝える意味』くんぷる（共編著）などがある。</p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/tadasann.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2731" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/tadasann.jpg?resize=199%2C300" alt="tadasann" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おわりに――新しい風景</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>多田さんと初めて出会ったのは1992年5月のことです。今は大隈タワーの建っている、早稲田大学第二学生会館の（確か）10階音楽室前の廊下でした。</p>
<p>あの頃、今のようにスマホやSNSはありませんでしたから、人と会おうと思うと電話かわざわざ出向いていくしかありませんでした。情報誌に掲載された「わせだフォーク村」の無駄に過激な煽り文句に導かれた私は、新歓会場に赴き、幹事長とおぼしき人物をつかまえたのでした。その方が多田さんだったのです。</p>
<p>以来、多田さんとは同じ学部だったこともあって、政治、経済、社会、哲学、思想、文学、音楽、そして書き切れないほどの雑多な新しい風景を共有できたのは、私にとってこの上なく幸いなことでした。昭和から平成に変わる頃の中学・高校をほうほうの体で脱出した私にとって、多田さんとの自由で人間的な交流ほどにこわばった心を溶かしてくれたものはなかったのです。それにしても、あの頃はすべてが埃っぽく、粗雑で、知識や情報はもっぱら本や雑誌、新聞からでした。電話やポケベルがフルに活躍していました。</p>
<p>多田さんと私は学生時代に「アイソレーションズ」という音楽ユニットを組み、多田さんのオリジナル曲をライブ演奏していました。昭和から平成にかけての学生の所在なさや呻吟を歌った曲が多く、多田さんの少しごつごつした詩と温かみのあるメロディアスな旋律が好きでした。</p>
<p>やがて多田さんは大学院へ、私は出版社へとそれぞれの進路を歩んでいくことになった1990年代の半ば、決定的な変化が世界を覆います。一つはウィンドウズ95が発売されたことです。秋葉原や新宿などの家電量販店では長蛇の列をなして、人々が争うようにウィンドウズOSを買い求めたのは1995年末のことです。さらにもう一つ、インターネットの商業利用を通して、世界は一つのショッピング・センターへと姿を変えました。</p>
<p>ただしあの頃、パソコンというととてつもなく巨大で高価なものだったし、インターネットと言ってもつなぐのにうんざりするくらい時間と手間のかかるものでした。それでも90年代半ばには世界を一変させるだけの技術的素地は十二分に整っていたのを、実感します。</p>
<p>90年代から現在に至る世界の変化を眺めるとき、改めて多田さんの指摘する「現実の二重性」のもつ重みを感じざるをえません。その最たるものが、知識そのものの変化です。もはや私たちにとって、本や雑誌、新聞は多くの知識媒体の一つに過ぎなくなりました。大学の講義もオンラインもしくはハイブリッドへとスタイルを変えました。</p>
<p style="text-align: left;">ご存じのように、多くの場合学生時代の人間関係は、社会人になると、仕事や生活という強い現実の前にひどく薄まるか、消滅してしまうことが少なくありません。けれども、多田さんと私においては、知識の変化と並走するように、それぞれ活動分野は異にしつつも、関係をイノベーションできたのは幸運でした。刷新の結び目は常に「知識」だったように感じています。それを決定づける象徴的な出来事が、2004年の多田さん初の著作の刊行でした。私にとって今なおかけがえのない意味を持つ出来事です。大学卒業後、音信の途絶えた数年を経て、多田さんの記念碑的著作『沖縄イメージの誕生』を編集する役回りをはからずも遂行できたのです。本書は多田さんの博士論文をベースにしたものであり、同時に、多田さんと私の原点を確認させてくれた思い出の書物です。</p>
<p><a href="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/okinawa.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2730" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/okinawa.jpg?resize=211%2C300" alt="okinawa" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>さらに10余年、多田さんと私の間にまたもや劇的な関係性のイノベーションの機会が訪れました。「はじめに」で多田さんが言及してくださっている拙著『Ｐ・Ｆ・ドラッカー――マネジメント思想の源流と展望』の刊行です。多田さんはいち早く推薦文を寄せてくれたばかりか、本書をテクストとした講座や講演会を企画し、学生時代の音楽ユニット「アイソレーションズ」の復活ライブと二本立てで、日本全国を回るという血湧き肉躍る行動に駆り立ててくれたのです。</p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/ab0a0a3f1de315f35d83f3b3903d3ff1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2733" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/ab0a0a3f1de315f35d83f3b3903d3ff1.jpg?resize=207%2C300" alt="源流" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>アカデミックな知識とは成り立ちが違うものの、音楽は知覚による知識の代表格です。知覚と分析、まさに「現実の二重性」に両面からアプローチしていく講演＆ライブは、東京・明治大学、一橋大学にはじまり、函館から仙台、浜松、尼崎、長崎、壱岐にまで及びました。同ツアーを支えてくださった皆様にはこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。</p>
<p>さて、95年のデジタル化とインターネットの普及を境に知識の持つ意味が大きく変化したと述べました。改めてドラッカーの所説に耳を傾けるならば、彼の言う「断絶の時代」は今なお進行中です。「断絶」とは19世紀に基礎を持つ文明と21世紀的文明のつなぎ目を表現しており、おおむね1960年代後半から2020～2030年まで続くことになる。その後の時代はわれわれの見たことのない、後の歴史家のみが評価可能な時代になるだろうと述べていました。そんな2020年、狙いすましたように、コロナ禍が世界を覆い尽くしました。何とも暗示的です。パンデミックは旧時代の残滓ばかりか、傾いた20世紀文明の屋台骨までをもなぎ倒し、新たな文明の指針を私たちの前に示してくれたようなところがあります。</p>
<p>ノアの洪水の後、鳩が若葉を運んでくるように、新しい文明の中心となる知識がどこに芽吹いているのかを見出したい――。本書がささやかながら試みたのはその点にあります。</p>
<p>奇しくも日本では、元号が平成から令和へと変わりました。私たちの多くは少なくとも二つ以上の時代を生きていることになります。「二つ以上」という認識が重要だと思います。異なる時代を架橋する論理や作法がどうしても必要になるからです。その範となる先達が、本書で示したドラッカーであり、渋沢栄一のような人たちだったのです。</p>
<p><a href="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/c97d7c2e122219292e710ab4711db7f6.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2735" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2021/05/c97d7c2e122219292e710ab4711db7f6.jpg?resize=225%2C300" alt="多田さんと私" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>すでに私たちは、草履をはいて刀を差していた江戸時代の人が、革靴に背広をまとうくらいの、まったく相貌を異にする時代を生きています。衣服や髪形などのわかりやすい形態をとっていないだけで、「現実の二重性」の主観や内面で進展する個々の世界においては、ある意味で明治維新をも凌駕する変化が進行中なのです。</p>
<p>ただし、明治期と異なる点が少なくとも一つあります。江戸末期から明治にかけて、渋沢栄一や福沢諭吉のような活躍ができる人は、ほんの一握りでした。社会の必要に対して、知識人の供給が圧倒的に不足していたからです。当時の知識人たちが、一人で何役もこなさなければならなかったのは、渋沢や福沢の生涯を見ても明らかでしょう。</p>
<p>ひるがえって、現在はどうでしょうか。知識そのもの、そして知識ある人たちであふれています。実に豊かでかつカラフルです。彼らは組織やチーム、時に技術や論理、感性、総じて「知識」と言われる資源を駆使して、まったく異なる次元の生産性を実現しているように見えます。そして、少なくとも誰もが、そんな知識社会に参画する資格を備えているのです。</p>
<p>多田さんとの対話を通して、現在進行中の知識社会の諸課題について考えを深めることができたのは、私にとって感慨深い体験でした。それぞれのビルドゥングス・ロマン（自己形成物語）が必然的に投影されているだけになおさらです。</p>
<p>むろんコロナや知識をめぐる変化は展開中でもあり、控えめに見ても考察は限定的なものにとどまっています。それでも、この小著が多少とも新しい風景の一端を示すことができたなら、著者の一人としてこれにまさる喜びはありません。</p>
<p>2021年5月</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>2018年の活動</title>
		<link>http://drucker-bunmei.jp/archives/2617</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Dec 2018 22:47:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[ポストモダン研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>
		<category><![CDATA[保守主義]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; &#160; ［著書］ 『P・F・ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望』文眞堂、2018年9月25日 &#160; ［論文・記事］ 1.「ドラッカーにおける流通チャネル論とそのフィードバック的性格」『も [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［著書］</p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;"><a href="https://www.amazon.co.jp/P%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC-%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%81%A8%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E4%BA%95%E5%9D%82-%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4830950064">『P・F・ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望』文眞堂、2018年9月25日</a></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［論文・記事］</p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">1.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/d36ddc996e33b8c5f30f2fd975471172.pdf">「ドラッカーにおける流通チャネル論とそのフィードバック的性格」『ものつくり大学紀要』第7号2018年2月、 pp.1-9</a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">2.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/20180319075420526.pdf">「汎用的な能力の育成における目的とアプローチ－ドラッカー・スクールにおけるマネジメント教育視察の成果を踏まえて」共著（池谷聡（明星大デザイン学部准教授））『明星大学研究紀要［デザイン学部デザイン学科］』第26号、2018年3月、pp.19-28</a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">3.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/dr-vol15-20181026-2_0003.pdf">「躍動する保守主義としてのアメリカ産業社会」『文明とマネジメント』（ドラッカー学会）No.14、2018年11月、pp.103-121</a></span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">4.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/13bfc4ed96b461e00ed31f06e31b6b02.pdf">「安らぎのない街で－－90年代のアルケオロジー」『多田ゼミ同人誌・研究紀要』Vol.12<span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0066cc;">（一橋大学大学院社会学研究科・社会学部　多田治ゼミナール）2018年1月4日、pp.7-17</span></span></a></span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">5.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/13bfc4ed96b461e00ed31f06e31b6b021.pdf"><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0066cc;">「巡礼の年」（後編）『多田ゼミ同人誌・研究紀要』Vol.12</span></span><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0066cc;">（一橋大学大学院社会学研究科・社会学部　多田治ゼミナール）2018年1月4日、pp.62-73</span></span></a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">6.<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/20180213092828963.pdf">「風変わりなリーダーシップ論－ドラッカーは店長たちにこう助言する!!」『月刊商人舎』2018年2月号、pp.10-15</a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">7. <a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/eb82cbb1a70dfb367c1630df6377153f.pdf">「アフォリズム集」『多田ゼミ同人誌・研究紀要』Vol.13（一橋大学大学院社会学研究科・社会学部　多田治ゼミナール）2018年3月23日、pp.7-9</a></span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">8.「無意識と対話し、無意識を利用する」（飯田利男『ゴルフで覚えるドラッカー』ゴルフダイジェスト社）、2018年7月30日、pp.126-128</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［報告・講演等］</p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">1.［講義］「マネジメントにおける『5つの問い』　成果を最大化する『フィードバック』」（神奈川県済生会新任管理職者研修・フォローアッププログラム）、2018年1月19日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">2.［講演］「ドラッカーの神髄『フィードバック』」（横浜ドラッカー研究会、Six Stars Consulting）2018年1月20日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">3.［研究発表］「ドラッカーの5つの質問とフィードバック」（OD Network Japan研究会、於（株）スコラ・コンサルト（東京都品川区東五反田））2018年2月10日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">4.［講演］「ドラッカーと気質論」（横浜ドラッカー研究会、Six Stars Consulting）2018年3月17日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">5.［講演］「ドラッカーに学ぶ働き方改革－仕事と生き方をセルフマネジメントする」（長野県若年層人材戦略研究会第5回、於信州大学工学部SAS　Tecラボ2）2018年3月20日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">6.［講演］「村上春樹とドラッカー－精神の暗渠をめぐって」（ネクストワールド・サミット／サードステージ・コンサルティング）2018年4月21日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">7.「マネジメント×いい会社」（実行委員長。第13回ドラッカー学会大会（ネクスト・ソサエティ・フォーラム2018、於明治大学リバティー・タワー）2018年5月12日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">8.［講演］「ドストエフスキーとトルストイ」（ネクストワールド・サミット／サードステージ・コンサルティング）2018年5月26日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">9.［講演］「ドラッカー入門－－マネジメントの基本原則」第13回ミドルマネジメント研修（商人舎主催）、2018年6月20日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">10.［講演］「ワーグナーとニーチェ」（ネクストワールド・サミット／サードステージ・コンサルティング）2018年6月23日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">11.［講演］「理念・方針・目標を『自分ごと』へ　マネジメント・リーフレター」（横浜ドラッカー研究会、Six Stars Consulting／於・ケーヒン エレクトロニクス テクノロジー）2018年6月30日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">12.［講演］「理念・方針・目標を『自分ごと』へ　マネジメント・リーフレター」（Six Stars Consulting／於・東京国際フォーラム）2018年7月10日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">13.［講義］「ドラッカー入門①－－人と業績」（伊藤健二・明治学院大学客員教授と共同。明治学院大学プラチナカレッジ／於・明治学院大学白金台キャンパス）2018年7月13日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">14.［研究報告］「ドラッカー－－思想と展望」（渋澤ドラッカー研究会／明治大学駿河台キャンパス研究棟第一会議室）2018年7月14日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">15. ［講演］「新人マネージャー研修」（Six Stars Consulting／横河ソリューションサービス）、2018年7月20日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">16.［講義］「ドラッカー入門②－－フィードバック」（伊藤健二・明治学院大学客員教授と共同。明治学院大学プラチナカレッジ／於・明治学院大学白金台キャンパス）2018年7月20日  </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">17.［講演］「内村鑑三と二宮尊徳」（ネクストワールド・サミット／サードステージ・コンサルティング）2018年7月21日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">18.［講義］「ドラッカー入門③－－個とチーム」（伊藤健二・明治学院大学客員教授と共同。明治学院大学プラチナカレッジ／於・明治学院大学白金台キャンパス）2018年7月27日  </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">19.［研究報告］「『フィードバック』で自分の強みを知ること」（信州エクスターンシップ2018〈事前学習プログラム〉／於・明治大学紫紺館S4会議室）2018年8月18日  </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">20.［研究報告］「社会教育、職業教育の方法としてのドラッカー流フィードバック」（エクスターンシップ教育実践研究会・<wbr />第5回／於・明治大学紫紺館S4会議室）2018年8月18日  </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">21.［講演］「ゲーテとシュタイナー－内なる自然　気質と形態をめぐって」（ネクストワールド・サミット／サードステージ・コンサルティング）2018年8月25日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">22.［講義］「ドラッカー対話－内なる自然と外なる自然」（さわ研究所東京校「対話療法士養成講座」）2018年9月1日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">23.［研究報告］「音楽と言葉－－ファルスタッフをめぐって」（渋澤ドラッカー研究会／明治大学駿河台キャンパス研究棟第九会議室）2018年9月15日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">24.［対談］「私の理想主義」（蓬台浩明氏（都田建設代表取締役社長）、渋澤ドラッカー研究会／明治大学駿河台キャンパス研究棟第九会議室）2018年9月15日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">25.［対談］「ここでしか語れない話をしよう」（岩崎夏海氏、渋澤ドラッカー研究会／明治大学駿河台キャンパス研究棟第九会議室）2018年9月15日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">26.「『P・F・ドラッカー－－マネジメント思想の源流と展望」（一橋大学大学院社会学研究科・多田治ゼミ／一橋大学マーキュリータワー3405）2018年9月17日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">27.［講演］「ドラッカー入門－－マネジメントの基本原則」第14回ミドルマネジメント研修（商人舎主催）、2018年9月19日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">28.［講演］「ドラッカーの樹＆マネジメント・リーフレター」（横浜ドラッカー研究会、Six Stars Consulting）2018年9月22日 </span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">29.「『P・F・ドラッカー－－マネジメント思想の源流と展望」（「社会学概論」一橋大学大学院社会学研究科・多田治教授／一橋大学　西キャンパス本館20番教室）2018年10月8日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">30.［講演］「垂直の共同体」（都田建設社員／浜松市）2018年10月12日</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino; font-size: 12pt;">31. ［講演］「新人マネージャー研修」（Six Stars Consulting／横河ソリューションサービス）、2018年10月18日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">32. ［講義］「マネジメントとは何か」「企業とは何か」（ドラッカー講座・新潟大学　担当／西條英俊准教授）、2018年10月19日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">33.［講義］「ドラッカー思想の現代的意義」第4回ドラッカーの小さな学校（共同講演者、森岡謙仁氏・藤島秀記氏、ドラッカー学会主催、明治大学）、2018年10月27日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">34.［講義］「編集者という仕事」デザインキャリア特別講義（明星大学デザイン学部、池谷聡准教授）、2018年10月30日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">35.［学会発表］「マネジメントの思想－－源流と展望」（ドラッカー学会、金沢星稜大学）2018年11月17日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">36.［シンポジウム］「明治大学共創教育ネットワーク－「市民性の創造」教育プラットフォームとしてのMOOC」（明治大学アカデミックフェス（アカデミー・コモンズROOM-B）、阪井和男、福原美三、齋藤剛、吉澤潔）2018年11月23日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">37.［講演］「マネジメント　基本と原則」（Six Stars Consulting／於・東京国際フォーラム）2018年11月27日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">38.［講演］「ドラッカー－マネジメントのフレームワーク」（都立広尾病院）2018年12月4日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">39.［対談］「ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望」（多田治・一橋大学大学院社会学研究科教授、渋澤ドラッカー研究所／明治大学研究棟第9会議室）2018年12月22日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;">40.［報告］「ドラッカー－マネジメント思想の源流と展望（<a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/2305bc904ebdbf5828d2b56bbd58ff0d.pdf">要旨</a>）」（コメンテーター：島田恒。主催：現代経営学研究会、後援：文眞堂　文部科学省共済組合強羅静雲荘）2018年12月25日</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; font-family: georgia, palatino;"> </span></p>
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		<title>躍動する保守主義</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Nov 2018 22:53:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[「躍動する保守主義としてのアメリカ産業社会」『文明とマネジメント』（ドラッカー学会）No.14、2018年11月、pp.103-121]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/dr-vol15-20181026-2_0003.pdf">「躍動する保守主義としてのアメリカ産業社会」『文明とマネジメント』（ドラッカー学会）No.14、2018年11月、pp.103-121</a></p>
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		<title>ドラッカー学への招待</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Nov 2018 00:01:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[下記より全文閲覧できます。 &#160; 連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第1～20回 連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第21～40回 連載「ドラッカー学へ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>下記より全文閲覧できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/66b6bb8dc403cc22a8d12095569ddc8d.pdf">連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第1～20回</a></p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/5b2b45f0a628d237164053326d254c6e.pdf">連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第21～40回</a></p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/223810ea17a5399cc03bb88afa3742fb.pdf">連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第41～54回</a></p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/7bd6bd30f7e349c1496b3d4a51fcbaf9.pdf">連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第55～68回</a></p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/02/15fcc1b86793198e3489c5d58140514f.pdf">連載「ドラッカー学への招待」『しんくみ』（全国信用組合連合会）、第69～78回</a></p>
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		<title>ドラッカーに学ぶ働き方改革</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Nov 2017 23:17:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[ドラッカーに学ぶ働き方改革1 ドラッカーに学ぶ働き方改革2]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2017/11/d61ba87e28fbeac8bac12ba14c966738.pdf">ドラッカーに学ぶ働き方改革1</a></p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2017/11/f9c1248122790dd3a20f53b25dd1ea8b.pdf">ドラッカーに学ぶ働き方改革2</a></p>
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		<title>弱みを克服すべきか</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Feb 2017 08:58:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 「弱みを克服せよ」と言う。ひどい場合には、「弱みを克服して、強みにせよ」とさえ言う。 ドラッカーの考えからすれば、精神論としてはともかく、現実的な有効性はゼロどころかマイナスということになるだろう。 確かに [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">「弱みを克服せよ」と言う。ひどい場合には、「弱みを克服して、強みにせよ」とさえ言う。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">ドラッカーの考えからすれば、精神論としてはともかく、現実的な有効性はゼロどころかマイナスということになるだろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">確かに、ものによっては、弱みの克服が避けて通れないように「見える」場合がある。個人としての活動、たとえばゴルフにフィードバックを適用するとき、どうしても自分の中の弱いところが見えて来る。そのときには、弱み克服も避けて通れないのかと思う。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">だが、個人スポーツは少し異なる次元の話である。なぜなら、そもそもドラッカーが想定した強みは、組織という人類史上最高の道具を活用することが前提となっている。組織というのは、個人を煮るための鍋である。多様な材料の詰まった鍋に煮つめられてこそ強みが結果的に現れてくる。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">自然の生態系も同じである。鳥には鳥の、魚には魚の、猫には猫の・・・共生したり争ったりする中で、多様な強みというものが「結果的に」表れるのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">人間社会も同じで、経理要因として一流の人がいる。人との交渉で一流の人がおり、参謀として一流の人がいる。あえていえば、他者との摩擦熱の中で強みは強みとしての証を得るのだろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">一方で、個として見れば、強みは気質とも密接な関係がある。ドラッカーはどこかで気質は土地における気候と同じで、変えることはできないと言っている。この「変えることのできない性質」を、祝福し、利用せよというのがドラッカー強み論の原点であろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">繰り返しになるが、個の「強み」は多様な具材とともに熱い鍋の中で煮詰められて表れることが多い。ドラッカー流に言えば、「私的な強みが公益になる」。これが大前提である。建築物で言えば、土台であり、基礎である。つまり、強みという基礎が、建物全体の構造を決定する。逆ではない。建物の構造があって、基礎が決定されるわけではない。いずれも、チームや組織について言えることである。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">ともすれば、「弱み克服」の誘引に人は吸い寄せられる。現実社会には弱みなど無数にある。というか弱みを見ようとすれば、この世界には弱みしか目に入らない。そういうふうにできている。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">ならば、やはり、ドラッカーの言うことにも限界があるのではないか。弱みについて彼は「それは何もできない」としか言わなかったではないか。どうしてくれるんだ－－。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">だが、弱みが意識に上った時点で、間違った鍋で煮られている可能性を疑うべきである。あるいは弱みを克服しなければならないと意識された時点で、その建物は強みの基礎の上に成り立っていない。責められるべきは「強み」ではない。弱みを意識させる組織のほう、つまりマネジメントの無能である。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">弱みを持つ人がいるのではない。強みを生かせない無能なマネジャーがいるだけである。まずい食材があるのではない。腕の悪い調理人がいるだけである。できない子供がいるわけではない。無理解で馬鹿な教師がいるだけである。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">私はドラッカーの強み論において、「弱みには何もできない」を修正すべきではないし、必要を感じない。何ごとかをなしとげるのはどこまでも強みである。それ以外にない。弱みに意識が行くと言うことは、自らが目指す構造物自体の妥当性を疑うほうが早道だろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">ドラッカーは、そのために「五つの質問」の最初に－－そう、最初に－－、「ミッション」を置いたのだろう。かりにミッションに強みが適用されれば、うまくいかないと思うことはあっても、「弱みを強みに変えよう」などという非現実的な発想は浮かばないはずである。弱みに意識が及ぶようならば、それはミッションではなく架空の目標だったのだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">再度強調したい。弱みは生理的に嫌悪すべきものであって、目に入るべきものでさえない。まして強みに転ずるなどありえない。ドラッカーにおける強み論の基本である。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>『ドラッカーを読んだら会社が変わった！』に寄せて</title>
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		<pubDate>Thu, 16 Jun 2016 07:11:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 佐藤等様   お世話になっております。 このたびはご高著を恵贈くださり、ありがとうございます。 ゆっくりと楽しみに読もうと思っていたのですが、昨日読み始めたと思ったら、もう読了しておりました。 ページをめく [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%8C%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E7%AD%89/dp/4822235742/ref=sr_1_1?s=books&amp;ie=UTF8&amp;qid=1466060909&amp;sr=1-1"><img class="alignnone size-medium wp-image-1382" src="http://i1.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2016/06/51XiqYElRdL__SX338_BO1204203200_.jpg?resize=204%2C300" alt="51XiqYElRdL__SX338_BO1,204,203,200_" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 20pt;">佐藤等様</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">お世話になっております。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">このたびはご高著を恵贈くださり、ありがとうございます。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">ゆっくりと楽しみに読もうと思っていたのですが、</span><span style="font-size: 20pt;">昨日読み始めたと思ったら、もう読了しておりました。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">ページをめくるのが惜しく感じるほどの清新な読書体験はひさしぶりです。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">佐藤様の超人的なご努力には日頃から並々ならぬ敬意を寄せておりましたが、</span><span style="font-size: 20pt;">本書を手にしてその気持ちがなおいっそう切実な輪郭をともなって迫ってきます。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">というよりも、おそらくドラッカーの偉大な実践精神が</span><span style="font-size: 20pt;">佐藤様をしてかくも有効性の高い一連の行動に駆り立てたようにも見えてくるのです。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">いささか宗教臭い評言を許していただければ、</span><span style="font-size: 20pt;">ドラッカーによる荒野の呼び声を真摯に聞き、その熱をまともに肌で受け止め、真摯に応えた方としての佐藤様の実像が</span><span style="font-size: 20pt;">くっきり私の脳裏に浮かびました。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">その証拠に、本書のいちばんの持ち味は、生き生きと血が通っているところです。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">表情もじつに豊かです。生きた人間が生きたままに描かれています。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">佐藤様はすぐれた美術品と対話するように、心を開いて一枚一枚丁寧に見て、鋭敏なところ、</span><span style="font-size: 20pt;">かけがえのないところ、卓越したところを探り当て、描ききっています。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">「実践とはそのようなものなのだ」と言えばそれまでですが、</span><span style="font-size: 20pt;">一言で片付けるにはあまりにも深遠な示唆がそこにはあります。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">読む者にとってはっと胸を衝く熱があるのです。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">その熱を文章で再構成する。それに並大抵以上の努力が要されるのを私は知っています。</span><span style="font-size: 20pt;">少なくとも私の知るかぎり本書をのぞいて誰も成功したことのない境涯であることは確かです。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">同時に、緻密で、親切で、優しい心の持ち主のみが描きうる世界でもあります。あるいは、世の片隅への思いと、傷つきやすいささやかな存在への配慮あるもののみに許される仕事でもあります。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">最後に述べられている「言葉はマネジメントそのもの」、まったく同感いたします。</span><span style="font-size: 20pt;">たぶんドラッカーの言葉の使い方だけで本が何冊もあっていいのだろうと思います。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">言語は社会生態そのものですから、今後力を入れる分野のリストに入れていただき、</span><span style="font-size: 20pt;">ご指導をいただけることを祈念いたします。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">今後ともドラッカーや上田先生の精神を継承し、</span><span style="font-size: 20pt;">いっそういきいきと「札幌の精神」を具現化すべく、学会としても叡智を結集すべき時期と思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 20pt;">ご一緒できることを楽しみにさせていただいております。</span></p>
<p><span style="font-size: 20pt;">まずは心よりの敬意をお伝えしたく、</span><span style="font-size: 20pt;">お礼と感想まで。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>『傍観者の時代』の時代</title>
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		<pubDate>Wed, 18 May 2016 02:41:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[ポストモダン研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; ――このささやかな小文を敬愛するN・S氏に捧げる &#160; 怪物ヘンシュと子羊シェイファーの物語 「ナチスがヨーロッパを掌握できたのは、ナチスを支持する人が多かったからではない。ナチスに『断固反対』と言 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%90%8D%E8%91%97%E9%9B%8612-%E5%82%8D%E8%A6%B3%E8%80%85%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3-%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%90%8D%E8%91%97%E9%9B%86-12-%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC/dp/4478003009?ie=UTF8&amp;*Version*=1&amp;*entries*=0"><img class="alignnone size-full wp-image-1346" src="http://i2.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2016/05/7e038a40be2974545063d314c6ee4374.png?resize=203%2C293" alt="傍観者" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 16pt;">――このささやかな小文を敬愛するN・S氏に捧げる</span></p>
<p>&nbsp;<br />
<strong><span style="font-size: 16pt;">怪物ヘンシュと子羊シェイファーの物語</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">「ナチスがヨーロッパを掌握できたのは、ナチスを支持する人が多かったからではない。ナチスに『断固反対』と言明するだけの勇気を持つ人が少なかったからだ」。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">アウシュヴィッツを訪れた数年前、現地をガイドしてくれた方が何気なく口にした一文が今も耳を離れない。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">二〇世紀は私にとって一つの単純な物語と地続きである。それは虚無と血にまみれた闘争の物語であったが、ただ一つ共通していたのは言葉を主戦場とした点だった。そして悪いことにその物語は今なお浄化されることなく現在に持ち越されている。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">怪物ヘンシュと子羊シェイファーの物語は、彼が戦後のニューヨークでふと目にした新聞記事から始まる。第二次大戦末期、フランクフルトの地下壕で自決したある青年の記事だった。それは胸の奥をしとどに濡らす救いのない悪夢、やむ気配のない寂しい長雨に似ていたかもしれない。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">異様な切実さ</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">それよりも、何を書きたくて私はこの冒頭を綴ったのか。きちんと考えずにきてしまった。うかつながら、ワープロを叩く指先に導かれるように書いてしまった気がするが、消したい気持ちを我慢してもう少しだけ続けよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">そう、私はこの章を読むたびに、邪悪な魔女が住む不吉な森に迷い込んでしまったような暗鬱な気持ちになる。だが、同時にこうも思う。ドラッカーはこの章を書きたくて『傍観者の時代』に着手したのではないか。心にうずく消えることなき痛みを象徴するシーンを言葉にせずして死ぬことはできない。そう思わせるくらいの異様な切実さと迫力がこの章にはある。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">少しだけ映画の話をさせてほしい。『戦場のピアニスト』はナチス統治下のワルシャワが舞台である。ピアニストのシュピールマンは、ワルシャワ・ゲットーから死の収容所トレブリンカ行きの鉄道移送を間一髪逃れ、市街集合住宅の一室に潜伏する。やがてワルシャワ蜂起が起こり、ドイツ軍との激しい爆撃の応酬となる。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">戦車の砲撃を受け建物が崩壊するなか、シュピールマンはまたしても奇跡的にその場を逃れ、廃病院の一室に身を潜める。だがさらにナチスによる大規模な火器掃討に遭い、病院裏の高い塀を死力を搾って乗り越える。カメラはシュピールマンのはるか頭上に持ち上げられ、視野は一瞬のためらいもなくワルシャワの遠景に及ぶ。彼の背中は小さくなり、塀の向こう側にはてしなく広がる廃墟の街だけが映し出される。地獄のように灰色のワルシャワの街を――。</span></p>
<p><a href="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2016/05/pianist.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1347" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2016/05/pianist.jpg?resize=300%2C161" alt="pianist" data-recalc-dims="1" /></a></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">監督のポランスキーはまさにこのシーンが撮りたくて作品に着手したように感じられてならなかった。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">『傍観者の時代』にあっては、まさしく「怪物ヘンシュと子羊シェイファー」に同じものを感じる。なぜかと聞かれても答えられない。ただそう感じるとしか言えない。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">知識と言葉が地に墜ちた時代</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">知識と言葉ほど二〇世紀において辱められ、損なわれたものはない。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">影との戦い――。あえて言えばそうなる。彼は影の発生と発展、そして一時消滅する様を見届けた。やがて暴風雨に成長するはずのつむじ風の発生を目撃するように。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">つむじ風は、ふんだんにある餌を内部に取り込んで、やがてヨーロッパ全体に、やがては世界に憑依し、飽くことなき白蟻の貪欲をもって母体を根源的に損なっていく。餌とは言うまでもない。「大衆の絶望」である（『経済人の終わり』）。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">彼が若い頃だから、大学時代から卒業後数年、年齢で言うと二一から二五の間くらいだろうか。二つの話が、絶妙に縦糸と横糸をなすように奥行きある妖しくも哀しい物語として織り上げられていく。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">一つはフランクフルトで新聞記者と大学講師を兼任していた時代である。新聞と大学、ともに知識と言葉を守るべき機関に彼は身を置いていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">言葉が魂の武器なのだとすれば、彼は自らの武器庫に何があるかを見定める必要に迫られていた。同時に、手にしていた武器を有効に鍛え上げるべき必要にも迫られていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">時は、自由の精神が呪縛せられた年、すなわち一九三三年のドイツ、ナチスが政権を獲った年である。遅くともギムナジウム時代に彼はヒトラーの『我が闘争』を読んでおり、それが冗談でも隠喩でも寓話でもシンボルでもレトリックでもないことをなぜか知っていた。というか悟っていた。虚言のなかになぜ本音をかぎとることができたのか。わからない。私に聞かれても困る。ただ彼にはわかったのだとしか言いようがない。ごくかすかな振動のぶれも聞き逃さない一流の指揮者のように。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">二つの夢魔――フランクフルト大学と新聞に何が起こったか</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">ナチスが政権をとったなら、彼らが行うことは一つしかない。『我が闘争』に書かれたプログラムを誠実かつ丁寧に、心を込めて粛々と実行する。それだけである。もちろんドラッカーはドイツを去ることを決意する。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">ところが、最後の日に二つの夢魔が彼を襲う。どこかで執り行われた忌むべき黒魔術の悪霊がとうとう足下までしのびよってきたのを悟った瞬間だった。リベラルで勇名を馳せるフランクフルト大学拡大教授会にナチスのコミッサールが踏み込んだのだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">彼を打ちのめしたのは、ナチス・コミッサールの下品さや蛮勇、卑劣さではなかった。そんなことは先刻承知であって、改めて驚く価値はない。学問の良心として尊敬を集めていた生化学者が、何ら有効な意見もなく、自らの研究費についての保身的な問いしか口にしなかった。そのとき彼は知識人の裏切りを見た。誤解の余地なくはっきりと。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">もう一つは、新聞社の同僚にしてナチス党員ヘンシュが荷造りする彼のもとにやってきたことである。ヘンシュは、自らの生まれの貧しさを嘆き、能力の欠如にため息をつく。さりとてひとかどの者になる野望を捨て去れない。すべてが本音だった。彼はそこに野蛮な悪を見出したのではない。心の奥に巣くう果てしない虚無、何ものによっても癒しがたい精神の廃墟を見出したのだった。救済を求めてやまぬ病める魂にふれたからだった。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">悪を教導できるか</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">彼はフランクフルトを去り、短期間ウィーンにとどまってから、ロンドンに渡る。不吉な影はやすやすとドーヴァー海峡をわたり、執拗にドラッカーに追いすがる。彼の知人からある名物ジャーナリストの話を聞く。彼の名がシェイファーである。シェイファーは一流のジャーナリストとして転地先のニューヨークでも圧倒的名声を手にしていたが、それらを捨て、ナチス治下のドイツに戻り、ベルリンの有力紙の編集長に就任するのだという。周囲はもちろん反対する。けれども、シェイファーは翻意しない。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">シェイファーのよりどころは良心である。自らが正義と良心をもってナチスを回心させうると信じている。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">うぬぼれや自信というにはあまりに高邁である。根拠もある。シェイファーには経験も理念も実績も、およそジャーナリストが持つべきあらゆる資質が備わっている。だからこそ、彼は自らの魂の武器たる言葉をもってナチスを教導しようと考えた。善意に満ちた教育的指導、これこそがシェイファーが目論んだことだった。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">あえて言うまでもないことながら、賢明さを自覚する人間の掲げる正義ほどに卑小でやっかいで始末に負えないものはない。もちろんシェイファーはナチスにいいように使われ、やがて捨てられる。影はどんなに偉大な人間よりはかりしれず強大だから。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">悪の陳腐さ</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">最後に、ドラッカーはアレントの有名な一節「悪の陳腐さ」を引用する。『イェルサレムのアイヒマン』の副題としても知られるフレーズだが、戦後アイヒマンをナチスの戦犯とする裁判で、アレントがそれを傍聴し発したものである。一般の印象に反してアイヒマンにはなんら極悪非道の相貌も動機も能力も存在しなかった。彼は何をとっても私やあなたと同じごくふつうの人だった。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">むしろアイヒマンはナチスのきわめて有能なテクノクラートとして上層部からの命令に忠実に従い、自らの職務を勤勉かつ誠実に果たしていた。問題は職務内容だけだった。大量のユダヤ人を隔離し、鉄道で輸送し、収容し、虐殺することが命令の内容だったからだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">ドラッカーはアレントを批判する。というか、たしなめる。陳腐なのは悪ではない。人である。悪そのものはあくまでもはかりしれず強大なのだ。地獄には本当の意味での底はない。だから、いかなるかたちであっても、悪を利用したり手を組むのは誤りなのだと。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">もちろんレトリックあるいはせいぜいのところ言葉のあやにすぎない。内心ではアレントの主張に賛同している。アレントが実物のアイヒマンを観察して言いたかったことも、まさにそのことにほかならなかったのだから。ただし、地獄を見た者のみに許される卓抜な洞見と言うべきだ。アレントもドラッカーも、ともに生年も同じ時代でドイツに暮らし、一九三三年にヨーロッパを出て、アメリカに生活の拠点を移している。同じものを見てきた二人なのだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">ドラッカーなら、同じことを次のように言う。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">「ファイルされるだけの正しい答えや、実行に当たるべき人間に冷たく扱われる正しい解決策ほど役に立たないものはない」（『マネジメント』）</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">青年期ヨーロッパの陰惨な空の下で、彼は何をつかみ、何を得たか。それは一つの決意である。しかも断固たる決意である。救済への発意とさえ言っていいかもしれない。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">影の発生原因を究明し、いかにすればそれを阻止しうるのか。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">いやそれだけでは十分でない。まったく十分でない。さらに進んで、影を育み肥大化させる好餌、すなわち「大衆の絶望」という負のエネルギーさえも、私たちの生きる世界の秩序を育て、養いうる正の力に変えることだ。洪水を肥沃の農地に、火山活動を温泉の慰安に、灼熱の陽光を電力に変えるように――。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">『経済人の終わり』を彼に書かせたのはまさにこの決意だった。ささやかながら清冽な湧水が生じた。やがてそれはマネジメントという奔流として私たちの前で大河をなすにいたる。それは、不吉な悪夢の物語を浄化するもう一つの物語、魔物退治の物語なのかもしれない。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: 16pt;">物語は終わっていない</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">最後に――。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">彼はヘンシュとシェイファーを憎むのではない。愚かだとさげすむのでもない。いかなる負の感情も感じとることができない。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">むしろ、ヘンシュもシェイファーも、それが結果として当人たちにはいささか負いかねる過重なものであったとはいえ、時代からの問いに彼らなりのしかたで応答したのである。影と戦い、傷つき、血みどろになり、一時は組み伏せたかに見え、やがて倒れ敗北した。ドラッカーの言葉の運びには、人の弱さへの同情のようなものがにじみ出ている。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">言うまでもない。言葉と知識を主戦場とする闘争は、今なお決着はついていない。トーマス・マンのいうように、人の行うあらゆることは政治の語彙に置き換えられるのは確かだ。ただし、一つだけ例外がある。それは言葉である。言葉をめぐる戦争は、人の心の内部で戦われるものであるからだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">現在の言葉をめぐる環境は、あの大戦時代とは大きく変化してしまった。むしろ苛烈さを増し、心の中の廃墟は広がっているように見える。そして、社会の存続に日々疑念を投げかけているように見える。そして、いっそうドラッカーが警告を発したテーゼ「言葉と知識が、人と社会の現実そのものであること」「それらへの関心の欠如が、ひいては両者を回復不能なまでに損なうこと」を仄めかし続けている。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">おそらく最後の一文は――というか最後の一文だけは――原文からの引用をもって締めくくるべきだろう。たった一つの救いは、今付け加えなければならないことは何もないことくらいだろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;">「おそらく最大の罪は、二〇世紀に特有の無関心という名の罪、すなわち、殺しもしなかったし嘘もつかなかった代わりに、賛美歌にいう『彼らが主を十字架につけたとき』、現実を直視することを拒否したあの学識ある生化学者による罪のほうだったと考えるに至っている。」</span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 16pt;"> </span></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>新著フィードバック手帳の本</title>
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		<pubDate>Tue, 10 May 2016 23:59:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ドラッカー研究]]></category>
		<category><![CDATA[マネジメント]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; &#160; &#160;   多くの方々のご尽力で、ようやく刊行させていただくことができました。 正直なところ、ビジネス書の編集はずいぶんやってきたのですが、自分が書く側になるとは思っていませんでした。生 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E3%82%89%E3%82%92%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%99%E3%82%8B-%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E6%B5%81-%E3%80%8C%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%80%8D%E6%89%8B%E5%B8%B3-%E4%BA%95%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BF%97/dp/4761271698"><img class="alignnone size-medium wp-image-1331" src="http://i0.wp.com/drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2016/05/shoei.jpg?resize=209%2C300" alt="shoei" data-recalc-dims="1" /></a></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"> </span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">多くの方々のご尽力で、ようやく刊行させていただくことができました。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">正直なところ、ビジネス書の編集はずいぶんやってきたのですが、自分が書く側になるとは思っていませんでした。生きているといろんなことがあると実感します。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">フィードバック手帳という言葉を最初に思いついたのは、<a href="http://www.quon.asia/sns/?m=sns&amp;a=page_fh_diary&amp;target_c_diary_id=506">2008年11月19日</a>です（奇しくもドラッカーの誕生日！）。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">当時書いていたブログに次のように記しています。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>私見では、人というものは「閉じつつ開かれた状態」が理想である。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>思考も行動も、内向き過ぎては空疎だが、外向き過ぎると無内容になる。ドラッカーがフィードバックせよというのも、閉じられた内部と開かれた外部との循環状のエネルギー交流が必要であることを本能的に察知していたためであろう。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>実際そのような作用がなければ、なにごともうまくいかない。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>植物も、森も、草原も、すべての生き物は生態系のなかでの循環状のフィードバックなしで生きていけないのに似ている。ならば、人間のフィードバックを促す装置はないものか。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>そこで思いついたのが手帳である。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>あらゆる行動の源が意識（attitude）ならば、意識を制御できるものは一つしかない。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>言葉である。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>宮沢賢治の心象スケッチのようなものだ。心にうつりゆくことどもを言葉として手帳に書き留め、その書き留められた言葉の数々が意識をつくっていく。そして、行動をつくり、ひいては存在を形づくっていく。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>意識の混沌が言葉を通じて体系化されていく。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>いわば言葉というツールを使い、自らをコントロールするわけだ。言葉とは実体であり、その人自身だからである。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>手帳にはもちろんスケジュール管理のような機能的な部分も必要だ。だがそれ以上に、機会の存在を気づかせてくれたり、自らの知られざる強みに気づかせてくれるようなしかけがあるとよい。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>問題だけでなく機会に意識を向けられるものがあるとよい。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>しかもふだん使っているだけで、自動的にPDCAのサイクルが回るようなしくみにできないか。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>「自動的に」というところがポイントだ。意識せずして意識に働きかけられなければ長続きはしないからだ。</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>そんな特徴を持つ手帳を自分なりに作ってみたいと思っている。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 14pt;">この方法がどう受け止められるのかはわかりませんが、私が行ったのは、ドラッカーの森に咲く一輪の花をつんでリボンをつけてみた程度のことです。私のオリジナリティはほぼ皆無と言っていいと思います。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;">とはいえ、今後ドラッカーのなかで、一般に役立てられるものを探求していきたいとは思っています。この本をささやかな試みの第一歩として。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>ベゾスは2005年にすべてを語っていた</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 23:15:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井坂康志]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[マネジメント]]></category>
		<category><![CDATA[社会生態学]]></category>

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		<description><![CDATA[amazonの未来はすべてこのインタビューで語られている。 ベゾス・インタビュー]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>amazonの未来はすべてこのインタビューで語られている。</p>
<p><a href="http://drucker-bunmei.jp/wp-content/uploads/2015/08/amazon.pdf">ベゾス・インタビュー</a></p>
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